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あしあとをよむ

植物、物語、音楽あたりが好きです。だらだらと更新中。

最近聴いてる音楽とか。


Cornelius - 『あなたがいるなら』"If You're Here"

えーと、自分がいない時部屋がこういう風になってるかも、とかたまに想像しちゃいませんか?いろんなものが自由な振る舞いをして、帰ってくるまでには不思議ともとどおり。

鍋の中、とか冷蔵庫の中、とか電子レンジ(持ってないけど)の中でも同様のことが行われているのでは…とついつい妄想が止まりません。

というか、なにもおこっていないよりもなんとなくそっちの方が自然な気がするのですがね。

あぁ…好きだなぁ、アーティストはやっぱり作品で評価されるべきだと思います。詩もいい。歌詞坂本慎太郎…意外なような納得なような。かなり好きな世界観。


Arvo Pärt - Spiegel im Spiegel

ちょっと蒸し暑くなると聴きたくなる曲。こちらはもうすでに蒸し暑いです。鏡の中の鏡って素敵な題名ですよね。エストニアの作曲家なんですよね、エストニア行ってみたいな。英語がどこでも通じる、IT大国、 ヨーロッパの中では物価がかなり安い、アジア人が殆どいないが差別がない、国民が物静か、などすごく興味のある国です。フィンランドから船で行くらしいんですよ。船、いいですよね。3歳位の時青森から函館まで船に乗って行った時海から函館の夜景が見えて大層美しかったことを思い出します。しあわせの風景。この曲を移動の時聴きながら雲をみているとまるで雲の中に入ってゆけるようなトリップ感を味わえます。トリップ感大切だな。


Variações pindéricas sobre a insensatez by Joana Sá - Music for film "Tabu" by Miguel Gomes

これも別の意味でのトリップ感が好きな曲です。ちょっとざわざわする感じがね。映画も最高。サントラを探しているのですが見つかりません…。

あなたがいるなら、世界はまだまし、ですね。うん、いるだけでいいんです。

いつもありがとう。

身体っておもしろい。合気道、ヒモトレ、ボクシング、大道芸人

昨日の合気道の稽古(3回目)はすごく褒められた。自分でもとても楽しくてとにかく楽な稽古であった。稽古とも言えないくらい。とにかくいい感じに力が抜けていたらしい。自分ではあまり感じなかったのだがもしかするとヒモトレの成果かも知れない。先週との違いを考えるとそれくらいしか思いつかない。すごいぞ、ヒモトレ。私にはだいぶあっているようだ。

ヒモトレ革命 繫がるカラダ 動けるカラダ

ヒモトレ革命 繫がるカラダ 動けるカラダ

 

まぁもちろん稽古というのもあるが、引っ張られた手をただ水平に移動しているだけなのに黒帯の人がばんばん転がってくれて楽しいったらない。家で練習はするな、やる気は必要ない、ぼちぼちやりましょうと言われる。最初テンションが高い人ほど続かないから、と。ものすごく私にあってる。基本怠け者だし、仕事で体力使ってるのに身体の楽な使い方を学ぼうと始めた合気道で練習三昧だったら辛いなと思ってたところ。今日みたいだったらこりゃー楽だし楽しいぞ。

稽古後、先生と宮本武蔵の話で盛り上がり、木刀を振らせてもらう。初めて振ったがこれも力の加減をすごく褒められる。こんなに褒められるの久しぶりだな。とにかく私の力の出なさ、がんばらなさがこんなところで役に立つとは。結局絶対無理できない性格なんだよな。ふにゃふにゃ。本当は三段からしか木刀はできないのだが、うちの先生はそんな固いことは言わない。まず楽しいのが一番、という人だから。剣が向いているから稽古後やってみたらいいと言われる。わー、居合いやりたかったんだよね〜バガボンド大好きだしなぁ、嬉しい。

稽古が1時間でその後自主練したい人が1時間、週に一度ちょうどいい。雑巾を絞るように、とか大根を切るように(この言葉でふっと力が抜けて押さえるのではなくただ手を振り下ろすという感覚がわかった)とか家事に例えてくれるのもわかりやすい。72歳のおじいちゃんなのだが、ボクシングやカーレースやウエイトリフティングやらいろいろな事をされてきた方で53歳から合気道を始められたそうだ。昔は180キロのバーベルを持ち上げていた、今は100キロだって無理、でも力がなくなってきたら合気道がどんどん上手くなっていったそうだ。甲野先生の古武術も学んでいてとにかくなんか合うんだよね、いいね〜。

稽古から帰ってきて村田諒太の世界戦を録画でみる。日本人の特性を活かした試合運びでくー、かっこいいね!と思った。これは外国人の選手は怖いだろうな、ほとんどステップを踏まない追い詰め方、無駄打ちをほとんどしない。暫く様子をみて機を逃さず鋭く打ち込む。さすがミドル級は見応えがある。(しかしその前のフライ級比嘉大吾のファイトスタイル、予想外に素晴らしかったです。今後注目)いい試合だった。ネットで騒がれている通り疑惑の判定を除けば。

対するチャンピオン(※階級一位エンダム村田が二位と後ほど判明 今回チャンピオン不在)のエンダムはリズム感、手数がすごい。最近の判定は手数を重視すると聞いたがそれにしてもダウンもとったしホームなのに悔しい…。ブーイング。でもエンダムのあのバネとリズム、脅威の耐久性、アフリカの感じ。やっぱりボクシングというスポーツ向きなのかな。ドローならばやはりチャンピオンに有利なのか。村田は摺り足の様にさえみえたよ、やっぱりエアー刀をもった武士にしかみえん。あとラウンド終わる度ゆっくりにっこりするんだけどあれも外国人からみたらなんか怖いんじゃないかな。国民性って身体に染み付いてるんだなと感じた試合だった。

その後Eテレギリヤーク尼ヶ崎という大道芸人のドキュメンタリー(再放送)を見る。うっすらと名前だけ聞いた事があったが凄まじかった。草間弥生にも通ずる狂気に惹きつけられる。86歳にしての狂気の舞踏、高齢で病気で立てない、動かせない満身創痍の中何が彼を踊らせるのか。故・伊丹十三氏のコメントがまさにそうだなぁと思った。

つまり、秩序の外にいる人だから。ものすごくナイーブで人のよさそうな顔と…同時、何ていうのかな、こちらの秩序の世界に属さない暗黒の外側からやって来たみたいな。何かを讃えてますね、あの人はね。そういうものに惹かれるわけでしょうね、我々は(故・伊丹十三氏)    

暗黒の外側…上手い例えだなぁ。秩序の外にいる恐ろしさと迫力と、純粋さと。あの湧き上がる動きは、なんなんだろう。一体人間って生きるってなんなんだろうと深く考えこんでしまった。(そのまま寝たけど)でも間違いなく芸術だったな。 身体芸術。な、訳で思いがけず身体デーだった。うん、身体から見ると人間存在の面白いことったらないですね。身体で語れる女になりたいわ。

ひと花咲かせ脳

最近、移動のときラジオ聴いてるんだけど、ちょっとおもしろいなーと思ったこと。

脳科学者の中野信子さんのお話から。

ほとんどの生物には個体を維持しようとする生存欲求と種を残そうとする生殖本能がある。でも人間だけに特徴的な脳のはたらきがあってそれが「ひと花咲かせたい脳」なんだって。これはものすごい特異なことで本当は生き延びて生殖するために脳ができたんだけど、でもその脳が発達しすぎてしまったがために「ひと花咲かせよう!」脳ができちゃったわけらしい。

何歳だろうが子供がいようがいまいが、結婚してようがしていまいが人間の脳は意識的に無意識にみんなひと花咲かせようと思っているのですって。それでおもしろいのは咲かせても咲かせてもなぜかもうひと花!って思ってしまうのでキリがないらしい笑

なんかそれ聴いてから出会う人みんなの身体からお花が出ているようにおもえてぷっと笑っちゃうのですよ。あー、この静かな人も落ち込んでる人も怒っている人も欲のなさそうな人もみんなもうひと花!って思っているのね〜って。なんだか欲張りさんね〜って。もちろん自分もね。ひと花ってなにかって人によってそりゃあ様々だろうけどさ、そう思うとなんか可愛いなって。お花がぽこぽこでちゃってるわけだから笑。その後のお話がまたよかったのよ。

でも私たちが生きているのは、それだけで実績なわけですよ。「生き延びるため」と「生殖するため」ということを考えると、自分がここにいるということは結果なので、ここから先のことは「おまけ」です。

幸せに生きるコツは「戦わないこと」「無駄な努力をしないこと」

徳川家康というのは長生きしたことでご存知だと思うんですけど、戦国武将で彼より長生きした人は何人か知られていて。徳川家康は75歳で亡くなったんですが、今川氏真(77歳)、島津義久(79歳)、武田信虎(81歳)、宇喜多秀家(84歳)。

長生きした人は共通して「決戦」よりも「自分の生活をどう楽しむか?」ということに後年ずいぶん心を砕いていくんですね。歌の先生になってみたりとか、お茶の先生になってみたりとか。そういう風にして余生を過ごすんですね。

 脳科学を通して伝えたいことはシンプルで「生きている者が勝ち!」ということです。

おまけの人生ですから、ぜひ楽しんでいただきたい。

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手から草がにょきにょき生えてくるこのシーン好きです。こんな感じでひと花が生えてきちゃうんだからもう防ぎようがないよね〜〜。「リトル・フォレスト」より

おまけ大好き。放課後みたいだよね、楽にいこうぜ。楽しければよし、だよ。猪八戒より。

再会のブーゲンビリア

翌日は引っ越して1年以上切っていなかった髪の毛を切ってもらいに前の美容室に。引っ越した地でどうしても新しい美容院を探す気になれずもともとショートだったのがロングになっていた。久しぶりの再会はうれしいなぁ…まじで。いろんなこと話してしまった。Hさんはちょっと年下の男性の美容師さんなのだが、なんだか相性がよくて話が尽きない。というかやっぱり弟とすごく仲が良かったせいかちょっと年下の男性って1番落ち着くカテゴリーなのかも。いつもげらげら笑ってしまう。深夜特急ビートたけし、お気に入りのドラマや本の話。今回は倉本聰、そして昨日の甲野先生の衝撃の話。彼はジョガーなのでヒモトレの話には特に興味深そうだった。楽しかった。カットがすごく上手で長い間もつので愛知から千葉の距離だったらやっぱり通おう、美容師さんって私の中で結構重要な位置を占めてるし。相性のいい人ってそんなに会えないんだよね。本当に切ってもらってよかった。もう会えないかと思った、姉さんに会った気分ですよ、と言っていたけど、私もそんな感じ。うれしかったなぁ…。ドアを開けっ放しにしていて風が気持ちいいね、と言ったらタイに旅行に行った時に外でカットしていてすごく気持ち良さそうでそういう感じ良いなぁと思いまして、だって。なんかいい。お店で9年育ててるブーゲンビリアがピンクの花を咲かせていてとてもきれいでした。

昔私は自分の髪の毛が多くて太くて真っ黒で嫌いだった。そう言ったら、いや、僕はとってもきれいで可愛いと思います、タイガーリリーみたいじゃないですか、と言ってくれて、そうか、そう思うとたしかにカワイイ。それから自分の髪の毛が人生で初めて好きになったのだ。

でもさぁ、美容師さんも大変だよね、つむじが3つも4つもある人(その人40代だけど自分で今まで気がついてなかったんだって)や襟足の毛の生え際がものすごく下にある人(どう切ってもウルフカットになってしまう)が来るんだって。この間は鳥の写真を持ってきてこんな感じで!っていう人が来たんだって。大笑いしちゃって、え、いーの?それ?それでどうしたの、と聞いたらそんなのよくある事ですよ、あ、なるほどなるほどわかりましたとこんな感じで切りましたよ、とインスタを見せてくれた。すごいかっこよかった!鳥カット。にしてもみんな自由だナ〜おとななのに。なんかホッとするわ。だから僕全然飽きないんです、この仕事、1人として同じ頭の人はいない訳ですから!そうだよね、名言だね。な訳で私もインスタに載せられちゃう!私フォトジェニックの真反対の恐怖の半目女だから心して撮ってねと釘をさしておいたんだが、どうであろう、こわい。(後ほど拝見しました。#嬉しすぎる が嬉しかったです。)

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タイガーリリーこの髪の質感、うん、なんか他人の気がしないよね…。今回ばっさりいっちゃったがね。

人生は自由だ

吉本ばななさんとロルファーの田畑浩良さんそして武術家甲野善紀さんの鼎談に行ってきた。

非常におもしろかった!鼎談といえどデモが多くてそれがまたびっくりする位すごくてかなり近くで見れたのもあって興奮した。客層もすごくよかった。たのたのたのたの楽しかった!その日眠る前に楽しかった!と天井に向かって小さく叫んだ。人間の身体には私の身体にはまだまだすごい可能性が秘められているのだ。わくわくする。とにかく実践してゆくのみだ。

鼎談前に熱望していたブリューゲルバベルの塔展を観に行けたし(サイコー、私は本当に異形のものフェチだなぁとつくづく思った)友達と楽しくおしゃべりしてると楽しそうな知らない人から話しかけられたりしてぷちおしゃべりしたり、(なんか外国気分)ものすごく美味しいケーキを食べたり、イベントあとに甲野先生に真剣で肩凝りを治していただいたり!(後から真剣の刃の方を生肌にポンポン当てられてたよ、よく怖くなかったね!と友達に言われてびっくりしまくった)高校生の時からずっと好きだったばななさんと握手をしてもらってお話できたり、ほんとにほんとにみっちみちにいいことが詰まっているのにいちいちなんだかいい隙間があって身体が緩んで気持ちがよい不思議な日だった。長年の憧れの人と初対面だったのになぜあんなにリラックスしていたのか。もちろんばななさんの気さくなお人柄も大きいが立ち位置や距離の不思議か。そう、田畑さんが甲野先生をクライアントにロルフィングのセッションの触りをされていたのだがこれがまたゾクゾクする位面白かった。施術者が立つ場所で(クライアントは横たわっている)クライアントの内的感覚がものすごく変化している様が甲野先生の豊富な語彙でひしひしと感じられた。あまりに盛りだくさん過ぎてとても詳細は書ききれないのだが、身体の不思議と可能性を堪能した夜だった。

始まりが良かった。ばななさんの朗読が。お父さまである吉本隆明さんのご友人であり全集を作られるのをサポートしていた川上さんという方にあてた書簡を朗読してくださったのだが、それが響いて響いて泣けて泣けて緩みまくってしまった。ばななさんの声もすごくよかった。まったく普通の、奇をてらったわけでもなんでもないこういう人としての品がどうしても滲み出てしまう文章。これが本当のやさしさ、人間らしさではないですか。そしてこれを朗読しようと思われたばななさん、その様なお父様の資質をさすがに受け継がれている。そうなのだ、どんなに新しく素晴らしい思想を語ろうとこれがなかったら全く意味がない、なにも入ってこないし信じられない、少なくともわたしには。このごく普通の品のある素直なやさしさ、思いやり、でも静かで強い覚悟、それを率直に手紙にしたためる。できそうでなかなかできないことと思います。この手紙川上さん本当に安心したし嬉しかっただろうなぁと思う。本気で自分を守ろうとしてくれる人がいたことに。祈ってくれる人がいたことに。それだけで人はとても強くなれるものだ。

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↑ばななさんのTwitterより友達が送ってくれました。Twitter再開しようかなぁ…。

ばななさん、ほんとに気さくでいい意味で普通に人間らしくてじーんとした。あったかい人だった。細くて繊細な優しい指だと思った。名が知られている方は私たちには知り得ない色々な事を経験されていると思うのだけど、この普通さを保たれているってやっぱり得難いことでそれはやっぱりご本人の選択なのだと思う。とってもとっても辛い夜「彼女について」を読んでなんとかやりすごしたことを思い出した。あの物語の中にすっぽり潜り込める感じ、あれはやっぱり魔法だと思う。そして魔法を生み出すのは日々の地味にコツコツ、そしてちょっびりでも愉しさを見つける心が基礎にあるんだなぁと実感したのでした。

お店をでた後、満月を見ながら友達とおしゃべりしながら「人生は自由だ」という言葉が頭の中にずっと流れていた。辛い方にゆくのも楽しい方にゆくのも。はたからみるととんでもなく不自由な環境でも心は果てしなく自由に生きている人もいるさ。だからどうなったら自由とか不自由とかはわからない。すべてはその人の選択。あまり考えないで選択するのがポイントかな、と思った。なんとなく、とかふと、とかいうのを最近特に大切にしているのだけどきっとそれでいいんだね。「策を弄さないのが一番の策だよ」とよく母がにやりと笑いながら言っていたのを思い出した。

おちこんだりもしたけれどわたしは元気です。

糸井重里さんが「魔女の宅急便」の為に考えられた名コピー。

これって人間の元気ってことをとってもよく表していると思う。

冬に不調だった時期のことを思い出していた。思えばそれも悪くなかった。むしろ好調な時にはわからない気づきがあって1日1日を大切に過ごしていた。ふとした時にみるささやかな光景にいたく感動したり、身近な人の優しさが心にしみたり。

落ち込むことは当然でそれが生きているということ。ずっと元気な人って気持ち悪いし生き物って昨日と今日と明日では違う状態になってることが当たり前。命がないと言われているものさえ毎日一定ではない。紙や木は湿気を吸えば伸びるし、お湯の温度や淹れ方で紅茶の濃さも味も変わる。車だって日によってすごく変わる。(ちなみにうちの車は古いので毎日励ましながら乗っている。あと乗っている時に他の車を褒めたりは絶対しないようにしている。目に見えて調子が変わるので。)この世にあるすべてのものは変化して一定でないのが当たり前。不変だけが不変。

100パーセントの元気で生き続けることはできないけど50パーセントを切ることはない…元気ってそういう力加減、塩梅を身につけることだと思う。100か0かだと本人も周りもキツイ。50で止める事が出来ず、0またはマイナスまで行ってしまうと戻すのに相当なエネルギーがいる。逆を言えばしんどい時もぎりぎり50あたりをうろうろと保つことができれば…後がとても楽なことがわかりました。昔は100または0タイプだったし若さとは往々にしてそういう部分があると思う。それはそれで楽しいがそろそろ消耗するというのがわかってきた。激しい性格の人達に囲まれて育ってきたので自分もそうだと思い込んでいたがもとはかなりおっとりと、おおらかな性格だったのですね、自分。子どもの頃、空を見ているとあっという間に1日が終わってしまい叱られていたことを思い出した。今でも乗り物、移動が好きなのは思う存分風景を見ていられるから。

身体は、その時々のエネルギーの状態について、その強弱はもちろん、安定しているのか、はたまた不安定なのか、あるいは転換期なのか、喪失期なのか等々、さまざまな情報を語り続けています。"気持ちいい"という感覚を通じて聴こえてくる身体の声に、ぜひ耳を傾けてみてください。

本当のきもちよさは、しずかで手ごたえがないものです。淡々と何気なく過ごしているときの、ほとんど意識されないような身心の居心地のよさといったらいいでしょうか。大きな盛り上がりもなく、言葉なんか浮かんでこない状態ともいえそうです。それを味わうことで、はじめて身体の内側からわいてくる意欲や自信が感じられます。

「整体かれんだー」片山洋次郎 

調子が悪い時、50をなんとか切らない為にこの"気持ちいい"という感覚を大事にしていた気がする。寒いとき、お風呂の温度が気持ちいい、香りが気持ちいい、歯がきれいに磨けて気持ちいい、息を細く長く吐くと落ち着くなぁ…などなど。日常のルーティーンの中に探すのがいいと思う。身体の中の感覚がどう変わるのかをただ、味わう。

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どちらにしても元気ですから。

夢をみた/みみずくは黄昏に飛び立つ。

他人の夢ほどへーーで終わる話もないんだけど目覚めた時にとっても幸せな気持ちになったので書いとこう。

夢の中で私はお風呂に入っている。あたたかくてきもちがいい。そこに昔飼っていた猫のオトちゃんが入ってくる。にゃ〜。

オトちゃんは銀色の地にグレーのしまがクールなとってもあたまがいい不思議な雌猫だった。絶対言葉がわかっているな、という事が何度もあったし、私に対しては保護者という意識があったらしく私が元気がない時など(それが当たっているからすごい)モグラや鳩やトカゲをとってきてたべなさい、と言う感じで差し出してくれるのだった。最初はひえぇぇと思ったがその気持ちをむげにするのもなんなので後ろをむいてうまいうまいと食べたふりをすると(必死で片付けながら)いかにも満足そうな顔をするのだった。私がお風呂に入っていると必ず入ってきて(カリカリするから開けてあげる)お風呂のふたの上で私をじっと見る。そのまま寝ちゃう時もある。たぶんお風呂のふたの上が気持ちよかったんだろうけど、私が風呂で何をしてるのか確認していたらしい。それでわたしがシャワーあびるからね、というとささっと出て行く。そんなオトちゃんであった。猫は何匹も飼ったけれど私に死に目を見せなかったのはオトちゃんだけであった。私がバリに旅行中にそっと亡くなった。なんだか私にいいことだけ残していった不思議なオトちゃん。

夢の中のオトちゃんはいつものようにそう言っても出て行かずなんだかにやっとわらった気がした。

しようがない頭洗っちゃうよと頭を洗っていた。さてすすごう、とシャワーを浴びていたらチョロチョロチョロチョロという感触が。オトちゃんが二足歩行で私の頭に水を掛けている。冷たっ!そしてたどたどしい言葉を話したのだ!

「このおみずとくべつだから〜〜」と。話してる‼︎とうとう話すようになったのか!と夢の中でも興奮したが、平静を装い「え、どうとくべつなの?」と聞いてみた。そうすると、「アザミのおはながはいっているんだよねぇ〜〜」とアザミの花を見せてくれた。会話が成立している!しかもたらいにアザミの花を入れてその水を掛けてくれているようなのだ。よくわかんないけどご利益凄そうだし話してるし夢の中でもクラクラする位興奮した。そして思わず笑い出した。それに驚いたオトちゃんはサッとお風呂から出ていってしまった。お風呂から出たらまったくいつもの四足歩行の猫のオトちゃんにもどっていた。それに戸惑いながらも興奮しながら、おかあさん、オトちゃんがとうとう話すようになったよ、でもお風呂の中のことだけらしい!と言うと母はやっぱりね〜と深くうなずく。

と、言う夢。知ってたんかい!

亡き母、亡きオトちゃん、亡き笑高校生位の私、大好きだった実家のお風呂。

意味がよくわからないけどとってもしあわせな夢だったなぁ…。オトちゃんのグリーンの綺麗な瞳がまた見れたんだもんね。

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食べれば元気になるから…ってこの根強い思想はオトちゃんから⁈でも水を掛けられたせいかこのあと久しぶりに風邪ひいた笑。冬もずっと引かなかったのに。なにも食べたくなかったので1日なにも食べなかったら(葛湯のみ)回復してきた。食べないのもいいよ、オトちゃん。いい風邪引けた〜って感じ。良い感じ、風邪の効用なかんじ。休みが風邪なの悪くないね、ゆっくりたっぷり休める。とりあえずオトちゃんありがとう。うとうとしながら読んだ村上さんのインタビュー本最高におもしろかった。現場の熱気が伝わってきた。何箇所も端を折ってしまった。これはスルメ本になるであろうな…。題名が最高。ヘーゲルミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ : 夕暮れのフクロウから引用されています。みみずくなのは4章のうち3章はほぼ「騎士団長殺し」についての質疑応答でこの作品の善きものの象徴がみみずくなのです(1番好きなシーンです。)しかしフクロウとみみずくの違いは耳があるかないかなんですってね(いまさら)木兎(みみずく)って漢字、木に止まっているうさぎですって、可愛い。村上春樹がいかに文体というものにこだわりそれを磨き上げ創り上げてきたか、がかなり詳細に語られています。私が村上春樹をここまで求めているのはまさにこの文体、スタイルのせいなのだと再確認しました。Style is an index of the mind.文体は心の窓である、と訳されているとおり、少なくとも英米では文体というのは重視されているが日本では軽視されすぎであると。うむうむ異存なしですな。だから村上さんが一際輝いている気がしてなりません。
しかしヘーゲルさん素敵なフレーズおっしゃる。ちゃんと読んでみようかな、この際。古いかしら、いやいや、Oldies but goodiesってね。 

みみずくは黄昏に飛びたつ

みみずくは黄昏に飛びたつ