あしあとをよむ

あしあとを消す

てばなす

うーん🤔と思っていたものを思い切って手離すと思いもかけぬ別のものが入ってくるというのは本当らしいです。

 

ここ数週間、ものも縁も含め結構な数、手離しました。

それらにかけていた時間(考える事も含む)がすっぽり抜ける訳なので当たり前と言えば当たり前かも知れません。個人が抱えてケアできるものって限られているので滞ってきたと思ったら思い切って手離す覚悟も必要だと思います。自然に切れていったものもありますが。

葛藤や痛みもないわけではないですが、自分の思い切りのよさはいいことだと思います。あと怒れること。大切な場所を侵されたらちゃんと怒ること。よしもとばななさんも言っていましたが肝心な時怒れないと感覚がどんどんズレていく気がします。いつもいい人の構えでいるとあきらめばかりが早くなる、怒れる、ということはそういう風に自分を鍛えているのだと。いつも怒っている人は論外ですが「その時」にちゃんと怒れれば後々あーだこーだと考える時間が少なくなります。

な、訳で急遽また英語が必要になりそうなのですが、うーん、なんだかんだ縁があるみたいなんですよね、英語とか貿易って。でもあんなところからくるとは思わなんだ…。おもしろいなぁ。

5年前にTOEIC を受けた時は720で今はもっと下がってるかもで英語で仕事をするにはギリギリのレベルなんですが、なんだかいま久々の勉強新鮮です。語学習得に有効なのはやる気でも能力でもなく必要性っていうのを信じるのみです。いつでもぶっつけ本番なので、まぁ大丈夫であろう。

うん、 気楽にやってみよう。

久々にNHKラジオ。なんだかんだ教材として優秀。この薄さがやる気にさせるんです。薄いのを何回もやって暗記、が私にあってます。案外応用も効く。このシリーズ、NHKワールドで放映したニュースをリライトしてわかりやすく解説していてなかなかよいです。

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最近お気に入りの野のはな。いーっぱい咲いてるの。ミニブーケにしてもかわいいのです。ベランダのユーカリローズマリーと共に。ドライにしても保ちそう。こういうの作ってるのがやっぱりいちばん楽しい。ばななさんの「吹上奇譚」にちなんで街の寂しい場所に置こうかと思ったけど今回はたくさん作る時間がなかったのでかわいいものの趣味が最高にあう(と私が勝手に思ってる)方に差し上げました。自分で繊細と言わない超繊細な人が愛おしいです。

ともだち

思うところがあって職場のおばちゃんに

「友達ってなんですかね」と聞いてみた。

おばちゃんは「友達って、あれやろ、何年も会わんくても会った途端に昨日会ったみたいに戻れるやつやろ。定期的に会って、ごちゃごちゃ愚痴みたいゆいあうんのは、ちょっとちがうよな」と言った。

おばちゃんさすが、いいこと言う、と思った。

ここに越してくる時、大切な人から手紙とノートをもらった。涙目で、いい言葉をみつけたの、と手渡してくれた。そこには「本来無一物 お互いに実りある日々を願って。」とあった。ノートはフランスのモネの美術館の小さくてとても美しいものだった。だいぶ年下だけど格好よくてシャイな彼女のことが懐かしくて毎日泣いた。

普段彼女とは連絡はほとんどしないし、SNSで繋がっていない。私も彼女もSNS向きではないのでほぼ登録しているだけ。でも会った時はまるで昨日もあったかのように笑いあえる。彼女は独身で、結婚をしたいらしいが彼女からは寂しさを一切感じず(モテてるし)なにより仕事がものすごく充実している人なので相談されると、いつも、どちらにしてもあなたは最高にしあわせな人生をおくるんだからそのまんまでいいんじゃない?と言っておく。本当にそう思っている。

今の世の中の恋愛至上主義みたいな風潮って本当にどうかしていると思う。変な男と一緒になる位だったら、または、その男をいい男にしようという覚悟がないんだったら、ひとりの方がずっといい。そうね、林の中の象のように。

恋愛にはむしろ人間力は全く関係がないものだと思う。

なにかにむかって一緒に懸命に、楽しくやった記憶があって、そういう人とはずっと友達、仲間としてやっていける。

いつかここも離れるだろうけど、おばちゃんともずっとともだちって知ってるんだ。


10cc - I'm Not In Love

またもNetflix 「マインドハンター」の挿入歌。iTunes でマインドハンター挿入歌を集めたやつがあってもう毎日聞いています。マインドハンターは私にとって特別な作品。ホールデンとビルとウェンディの世界。あのブルーの世界にずっといたい。毎日ホールデンの事ばかり考えて夢まで見る私はやっぱりちょっと変態なのかな。彼女の清潔で明るくて豊かな世界も好きだけど、マインドハンターの残酷で冷たくて芳醇な世界もたまらなく良いと思う。ていうか、もう選曲のセンスがどストライクすぎて…。10ccの名曲、なんでこんなに名曲なのか。70年代好きなんだよなぁ…。80年代はいまいちのれないの。恋してない、恋してないと言いながら、やっぱり愛してたんだ…位がちょうどいい。本当の大好きなんてそんなに軽く言えないよ。

おかね

お金がない、という話を最近よく聞く。

私はお金がない、とあまり思ったことがない。

もしかしたらいつもお金があったのかしら、と思ったらそうでもない。

夫に出会った時、無職同士(というか仕事を探していた)だった。だからお金はなかったのだけどなんだかたのしかった。というのは夫は物をもつことにしあわせを感じるタイプの人ではなく、決してケチではないのだけれど、無駄なものに一切お金を使わない人だったので少ないお金でやりくりできたから。デートはだいたい水筒をもって公園を散歩していた。歩くのが好きだったので電車代を浮かすため2人でよく歩いた。お腹がすいたら家に帰ってきてご飯を作ってたべた。テレビもなく冷蔵庫もものすごく小さかったけど、特に不便とは感じなかった。

よくわからないけど昔から食べ物はよく人からもらったりする。今はもらいすぎだと思うがありがたいことだ。あと結構食べられる美味しい野草もある。のびるとかつくしとかなばなとか。

なにもない時に夫を好きだったので淡い好きが継続している。

一緒に暮らすようになって(職もみつかり)夫の持ち物がいっこうに古びないことに気がついた。同じ時期に買った洋服が夫のだけいつまでも新品のようなのだ(ちゃんと着てる)どれだけ大切に扱うか、夫はいたって普通にしているがたまにまじまじとみるとびっくりする。とてもきれいに畳んで洗濯カゴにいれたり。その態度はなにに対しても変わらなくて。

当然私も知らず知らずそう扱われているわけで…。

遊びに行ってたくさんの人に会って帰ってくるとそのなんというか清らかさ、なにもなさにほんとうにホッとする。尹さんの「わかりあえなさ」の講座に行って尹さんに「今日の自分と昨日の自分は違うし、他人もそうだと思うから関係性なんて一瞬で変わるしそれでいいと思う」なんてかっこいいことを言ってしまった。まぁ、そういう面も多分にあるんだけどそれは夫が存在を忘れるくらい私のどまんなかにある安心感からだと気がついた。

みんなお金がないらしいよ、と言ったら「お金がないという人はまず消費を考える人だよ。お金がある人は使い方を考えてその中で暮らす人だよ。身の丈を知るという事。収入以上に消費しないという事。先に消費を考えてしまったら欲って限りがないからいくらお金があったって足りないよ。それにお金がなければ生きていけないという想いに縛られているんだね。」と言った。 

お金がなかったら使わなければいいだけの事。お金の世界でプロとして生き抜いてきた人がそう言っている。極めてシンプルな事。自分で頭が良いと思っている奴、人を騙せると思っている奴、そういう奴らは相場の世界の法則では必ず負ける、のだそうだ。その法則がとても面白かったのだけど、ちょっとあやふやな部分があったのであとでまた聞いてみよう。では勝つ奴、勝ち続ける奴はどんな人かというと「流れに乗る奴」うーん、サーファーみたいで面白い。

流れに乗るには?と聞いたら「穏やかなこころ」ときた。なつこの好きなきつねさん風に言うと「なにも予定がない穏やかな休日の昼下がり」だって。実際ロンドンのディーラー達の間では「カッとしたら5ドル(損した)」というのが合言葉らしい。

きつねさんに疑問をもった時期もあったけれど「はからない、はからわない」を産み出しただけでもう充分、充分に素晴らしかったのだと気がついた。

そしてまたも夫によるとそんな金融という世界もまもなく終わるとのこと。90年代には500人いたゴールドマンサックス本社のディーラーは今は何とたったの2人。それもITシステムが間違いなく稼働しているか確認する為の人員。実際のディーリングはITがやる。みずほや東三のようなメガバンクにも大幅な人員削減が起こった。時代は確実にITに牽引されつつある。ではマーケットはどうなってしまうのか?この話も面白かったけど長くなるのでカット。

私は人には割とお金を使ってしまう人だと思われているのを知っている。でも普段はお金を使わない。毎日お弁当と水筒だし、夫のワイシャツはクリーニングではなくアイロンだし、夫の髪も切っている。基本外食はしない。

お花は野花を摘んでくる。でも全然無理してなく、お弁当作りは夕飯をつくるより全然楽しいし、お花屋さんの花よりも野に咲く花の方が好きなのだ。その時に楽しむ為に大切に貯めてるだけなんだけどお金があると思われてるみたい笑。本当に人は見たいところだけ見るよなぁ。

夫をほめたらお金くれるかもなんて、正直さと失礼さはちがうでしょ。なにかが大きく間違っていると思う。なんのブラックジョークでしょうか。

 おかねってやっぱりその人の価値観が透けて見える道具としてはかなり優れているのかも知れない。

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のはらに咲いてるはな こんなにかわいい。べつにスタイリッシュでなくてもいいや。

 

いてくれること。

10/27「今日のダーリン」がとても響いたのでちょっと引用。「運慶展」に行かれて糸井さんが感じられたこと。これ、忘れたくないな、と思って。

尊敬の敬、敬愛の敬、失敬の敬、敬して遠ざけるの敬。敬の意味は「うやまう」ということなのですが、もっとセリフのように言ってしまえば、「いてくれてよかった」ということかなぁ。小さなものであれ、とるにたらぬものであれ、卑しいものであれ、敵であれ、敬することはできます。これを彫ろうと運慶が決めて彫っているということは、すでにもう敬しているということなのだと思えました。

人や生きものだけでなく、森羅万象のすべてに対して、憎むにせよ、愛するにせよ、さらには別れるにせよ、競うにせよ、戦うにせよ、さらには殺すにせよ、おおもとのところに「敬う」があったら、それはなによりも理想的な世界なのではないか。「敬う」があるから、感謝があるし、希望がある。なにもかもすべての源とは、「敬する」ことではないか。じぶんなりに、なにかがみんなつながった気がしました。敬いのない争い、敬いのない交流、敬いのない感謝、いやだなと思うものには、敬がないのだと気づきました。

うーん…ほんとだなぁ、人のアラを探そうとする時って「敬」がないのですよね。逆に適当に褒める時も、真摯さがない。

私は結構ど真ん中ストレートの人間でたまに自分でも恥ずかしい位好き嫌いを言ってしまうんですけど、気になったものはとことん考え続けたい、というか心の中にその為のスペースを作る。それは私なりの敬意の現れだと思ってます。そして本当の意味で一度好きになったものはやっぱり嫌いにはなれないんだよなぁ…。だって一部分だけ見て間違ってる!とか嫌い!とか思ったってその人の存在はそのまんまなわけで。ただその部分は自分と合わなかっただけなんだよなぁ。そんなこと当たり前なのにね。まずは自分。自分がいろいろ試してやってみることだよね。未熟だなあ、自分。

「いてくれてよかった」「出会えてよかった」うん、すべてはすべてはそこからなんだよなぁ。

猟師の千松さんにお会いした時、本当に動物を敬って殺している感じがしたなぁ、そういえば。

そうよ、殺すって事さえも。

 

それではアホウドリに対する敬意を感じる曲を。↓今Netflix にて夢中の「マインドハンター」の挿入歌です。D.フィンチャーのセンス、本当に好き。「ゾディアック」も「ドラゴンタトゥーの女」も何回観たことか!

この曲をお風呂を暗くしてリピートするとお風呂からでてこれなくなってしまうという…笑


Fleetwood Mac - Albatross

20歳の時大失恋してカナダから国境を越えてアメリカまで友達とドライブした時を思い出しました。シアトル良かったなー。人種差別にあった直後落ち込んで、1人でバスに乗ったらちょうど乗客が私だけで黒人のおじいちゃんの運転手さんがまるで男の子のような格好の私に(だってオーバーオールにホワイトソックスのキャップ…)「おっ、素敵なladyが乗ってきたね、君はこのバスのQueenだよ」みたいな事を言っていい声で歌を歌ってくれたこと、大層いい思い出です。笑いながら泣いちゃった。

海の匂いがしてお洒落な古着屋さんが沢山あって、デリが美味しくて…きらきら太陽がまぶしかったな...。

ポテポテと歩く-中秋の名月

月のかがやきが家の中にいてもわかる

ポテポテとあるく 

中秋の名月 mid-autumn チュソク

ヒフに感じるつめたさ

 

永遠に続く商店街ロード

アスファルトのとおく

ちいさくうごめくアゲハの幼虫  

両手のひらいっぱいくらいおおきい

人工の灯りに照らされて

道の真ん中、よたよたしてる

すこし息がとまる 

なんの迷いもなく手のひらにのせた彼

近くの広場の土と空とみどりのところへ 

幼虫は人間がさわるとよくないと聞いたが

彼ならば大丈夫であろう

月の光

ずっと一緒にいる気がするのに

たくさんの言葉をかわしたのに

まるではじめてみるひとのようだ 


CLAUDE DEBUSSY: CLAIR DE LUNE

あるかしら書店ー絵本にまつわるあれこれ

最近大人気のヨシタケシンスケさんの絵本って面白いですよね。

その中でも寝る前についつい読んでしまう。

あるかしら書店

あるかしら書店

 

〇〇についての本あるかしら?と訪ねてくるお客さんにたいてい「ありますよ!」と探しだしてくれる店主がいるお店です。

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↑店主

これがぷぷぷ、という面白さ。なんでもないお休みの日も夜寝る前に読むと充実したお休みだった気がするのでオススメです。でもね、笑えるだけじゃなく「お墓の中の本棚」とか実現したらほんとうに素敵なアイデアもたくさんあるのです。心が軽くなります。

前からこの方の建物の描き方とかユーモアのセンスとかシルヴァスタインに似てると思っていてそれも大好きな理由かも知れません。「僕を探して」「おおきな木」などが有名な作家ですが私が最初に出逢ってボロボロになるまで読んだのはこちら。 

屋根裏の明かり

屋根裏の明かり

 

 子供向けとしてはシュールな詩集だったのですが、絵が魅力的で詩も面白く本当に飽きずに何度も読んでました。訳も良かったのでしょうね、文章というより言葉の音の面白さに惹きつけられました。父が買ってきてくれたのです。あとこれも父セレクト、絵本よく買ってきてくれたな↓

魔女図鑑―魔女になるための11のレッスン

魔女図鑑―魔女になるための11のレッスン

 

SNSなどでスピリチュアル系がお好きな妙齢の女性たちが「魔女のお茶会♡」 とかいうのを開催してるのを見かける度に私はこの魔女たちがつい浮かんでしまいうげえぇ…と思ってしまいまして。。この図鑑の中の魔女はものすごくケチかつ不潔かつおどろおどろしくそして超イジワル!リアル魔女ってこういうものだと思うんですけど笑。でもなんだか自分大好きな感じが憎めないんですけどね。とにかくこれも絵が大変魅力的。もうクセのある絵を見たさに何度もページを開いてしまう。

多毛留〈たける〉 (米倉斉加年)

多毛留〈たける〉 (米倉斉加年)

 

そしてこれは名作中の名作。たけるです。幼い私はこの本で恋というものに密かな恐れと憧れを抱きました。小2の時、当時ものすごく流行っていたアイドルの映画(キスシーンあり、暴走族の映画)を友達と観にいく!と宣言した私に対して「ほんとうに行きたいのなら行ってもいいけど…おとうさんはそういうの…あんまりよくないと思うんだよね…」と恥ずかしそうに目を伏せてこの本をくれました。いつもだったらぶん殴られて子供がなんだ!と問答無用で命令される感じだったのでとても印象に残っています。結局悩んだ末、友達には行かない、といいました。あんな風に初めて大人として話してくれた父の感じが嬉しくもあり照れ臭さもあり私なりにそれに対する感謝のような尊敬のような結論でした。そんな感じでとても思い出に残っている本なのです。謎が多い父ですが思い出は小学生までは結構充実しているな…と書いていて思いました。大人になってこの本に再び出会った時(休日ぶらぶらと図書館へいったらご自由にどうぞ、の箱の中に居ました)その凄さが一層沁みました。圧倒的に美しい絵に「言葉」「人が人を差別すること」「生と死」という深いテーマを素晴らしい筆致で書き上げています。絵本でしか語れない世界。今のような時代こそ再読すべき本なのかもしれません。 

新感染 ファイナルエクスプレス

※話題の映画で結構アクセス数が伸びている記事なので自分のぼんやりした感想を反省、この映画についてはぜひ以下のライターさんの記事をお読み下さい。(10/12追加)

自分で書いていて

でもなんて嫌なやつと思う人にも切ない事情があること…。

にかなりモヤモヤしてずっと考えていました。そしてワイドナショー松本人志の「強いものイジメ」発言も観ていて「これおかしいよね!」と思いましたがうまく言語化できませんでした。

モヤモヤがかなり解消されるだけでなく新しい視点が得られる素晴らしい記事です。↓

http://wezz-y.com/archives/50287

以下は私の以前の駄文。おヒマな方は。

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いろいろな方がツイッターで勧めていて友達も怖いけど感動した、と言っていて興味が湧いた。ゾンビ映画わりと好きだし韓国映画というのも惹かれた。たまたま割引きチケットがあり時間もちょうどよかったし、そんなに期待はせずあまりにグロテスクだったら嫌だな…位の気持ちで映画館に行った。邦題がB級感たっぷりだったし。(原題は「釜山行き」というシンプルなもの)

これがまさかのヒット。素晴らしい出来だった。

テレビのない生活をしていてPCで映画を観まくっていた時期があった。古くは「オールドボーイ」「うつせみ」「息もできない」「グエムル」など韓国映画には衝撃を受けた。脚本、アイディア、演出など(オールドボーイは原作日本だけど)物凄く新鮮でなにより作り手の基本姿勢が違う…と思ったのを覚えている。本当につくりたいものつくってるってゆうか。

「新感染 ファイナルエクスプレス」は娯楽として抜群に面白い。スリリングな展開、人間ドラマがリアルに描かれている。みんな本当にそれぞれ違う事情をもって生きているんだよなぁと思わさせる。そしてゾンビよりも人間の欲の恐さは様々なゾンビ映画で描かれてきたところだろう。こちらも大変胸が痛かった。でもなんて嫌なやつと思う人にも切ない事情があること…。

そしてあのエピソードが回収されるラスト…。

始まり方といいまず構成がものすごくよく出来ている感じ。うん「アポカリプト」位好きかも。

似ても似つかないけど、中盤頃からコンユを見るたび自分の父親の事が頭に浮かんだ。父親って娘のことたぶんこういう風にいつまでもわからないけれど、きれいに大切にでもぎゅっと思ってるんじゃないかなぁって。ま、私は永遠にお父さんに片思いなのであくまで願いなのですが。言葉ではなく行動で示したさいごのあれ、すごい愛の行為だと思ったよ。影がね。なんというかハラハラしながら観ているうちに心の奥の方に何かが届く映画なんですよね、人によって届くテーマは違うかもですが、私の場合大切な人の事を思い出さずにはいられないというか。はっ、私やっぱり父弟ひいては男性へのコンプレックスやばいな!とか。だらだらと心象風景を描いている映画よりも奥底にあるものに気がつくのは死、恐怖、スピードによって考える隙を与えないから、かな。考える(はかる)って本当にいろんな物事をこんがらかせてるし見えなくさせているなとあらためて思う今日この頃。

優れたパニック映画ってその極端な状況でテーマにより強く深くエッジを立てる事が出来るからこちらにも深く入ってくるのかな。実はあまり抵抗のない形で…。物凄く優秀な外科医みたいな感じで。

しかし韓国映画ついにここまで来たかぁ…。

おもしろかったなぁ。エンターテイメントだったし。あのゾンビにあるまじきスピード感、アジア人のゾンビ怖。でも怖すぎませんから安心してください。

なんか最近目が醒めるようなことが多いなぁ。

 ゾンビ映画だからという理由でリストから外している方がいたら本当に勿体無い事です。

怖いのが極端に苦手な方以外にはおすすめです。 

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↑原題「釜山行き」を尊重した題の中で駄洒落な邦題が苦しい感じだけどよく見るとブラジルとか超適当…。香港の「屍速列車」はかっこよすぎてヤバいですね。パンフに載っているらしい。2回目行こうか、そしてパンフ買おうか…悩む。

http://shin-kansen.com/sp/index.php