あしあとをよむ

あしあとをよんでるがなんのためなのかな

カワイイが最強。

突然の豪雨、雷により仕事休み。(しかし突然の晴れ間により午後出勤 天気がめちゃくちゃです)

Netflixであっ、金曜日ということはさぼリーマン甘太郎http://www.tv-tokyo.co.jp/kantarou/smp/の更新だね!とみたらパウンドケーキという単語が。

頭からパウンドケーキという単語が離れず久しぶりにパウンドケーキを作る。

ちょっと作り方を変えてみたら自分至上最高のパウンドケーキができた。

ベーキングパウダーはやめて卵の力だけで膨らますことにしたのです!ハンドミキサーで。お砂糖と混ぜる最初に上から垂らしてリボン状になるまでしっかり混ぜるのです。これからはこれでいきます!しっとり具合が半端ない。レモンの皮もいれたのでふっくらしっとり。

アイスコーヒーに合いすぎる…泣

私は無類のパウンドケーキ作るのが好き。食べるより好きかも。夏はカレー、冬はパウンドケーキを作り続ける、という習性があるのです。

昨夜、爆弾級のかわいいメールがきてかわいい画像検索がとまらず。 はぁ…かわいい、かわいすぎてくるしい…。

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言いそうなセリフをあててみるのです…。

かわいいものの前ではだれも抗えないのではないだろうか…。即ち是れ、最強。

 

「カワイイもの好きな人々(ただし、おじさんの部)」山下哲 という伝説の本があります。2005年発行 アスペクト刊。

そもそも若い女性のカワイイ!は信用していない、という人は多かろうと思います。彼女らのカワイイにはキモカワイイも、カッコカワイイもコワカワイイもとりあえずカワイイって言っとけばもとにかく範囲が広すぎてカワイイとははたしてなんでしたっけ?となりますよね。

その点おじさんのカワイイは一番信用できるのではないでしょうか。そもそもおじさんは迂闊にカワイイなどとは言いません。山下さんというおじさんがカワイイもの好きな18人のおじさんとそれぞれふたりきりでそれについてじっくり語り合う。カワイイの乱用とは無縁なり。めだかやアゲハチョウ、ブライストールペイントや焼き菓子や動眼…こだわりまくったカワイイに磨きをかけて鋭いひと突、ザ・カワイイ!この本では30歳以上男性をおじさんと呼ぶ、と定義しております。そのおじさんたちが選ぶカワイイものとそのカワイイものへの愛といったら!!

嗚呼!!

12年前というと母の看病の真っ最中。どんなにこの本に癒されたっけなぁ。ほぼ日の連載を本にしたものだったので、ほぼ日宛にメールを書いたら作者の山下さんからとても心あたたまる返信を頂き感動したのです。山下さん自身はうさぎを飼っているおじさんです。

 

山下さんが愛兎パンクとカワイイ画家さん(もちろんおじさん)に描いてもらった絵です。カワイイですよねぇ…。

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 うさぎって気性がはげしいんですよね、わりと。優柔不断に見えますけど。

 

終戦の日に。

高校生の時、「海と毒薬」という映画を観て、それが太平洋戦争中に旧日本軍が米兵捕虜を生体解剖実験に使った実話に基づいた映画と知りなんとも言えない恐怖を感じた。

原作者の遠藤周作は「神なき日本人の罪意識」をテーマに書いたとある。

それはキリスト教布教への弾圧を描いた「沈黙–サイレンス」でも感じた。酷い拷問に耐えかね、ついに踏み絵を踏んだ宣教師であるロドリゴイッセー尾形(演技素晴らしい)演じる井上筑後守は言う。

「この国に切支丹の教えは向かぬ。切支丹の教えは決して根を降ろさぬ、

この日本と申す泥沼に敗れたのだ。日本とはこういう国だ。どうにもならぬ。」

泥沼、とは集団心理と同調圧力に負けてしまう国民性と理解した。キリスト教のように確たる行動を規律するものがない、言葉がない。なんとなく、皆の空気を読んで全てが進んでゆく。実は元々は井上自身が熱心なクリスチャンであったという事実がこの言葉をより深くしているのではないか。

言葉がない、というのは神道もそうで、その教えは言語化出来ない。

古事記という不可思議な物語と祝詞があるだけだ。神道には確かに言葉以前の神がいる。そこに美しさや広がりを見る人がたくさんいるのもわかる、現に私もそうだ。多くの日本人がその性質を無意識に持っているのだと思う。が、それが悪い方向に利用されたり、進んでいってしまったら?(まあ今は本当の神道信者というのは神社関係者含め皆無に等しく仏教と資本主義という巨大な宗教になんとなく飲み込まれているのが現状だろう。それはまた別の話だし仏教については猥雑すぎて未だ理解し難いというのが本当のところ。)

731部隊の真実」を観てすぐに「海と毒薬」を思い出したがそれより酷かった。あらゆる面において。

NHKスペシャル731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」

https://youtu.be/Qfy5TMbueSM ※8/17午前1:00より再放送

 

少年兵として遺体の処理に関わった、元部隊員三角武さんの言葉が重い。やらなければ非国民という”雰囲気”があったと仰っている。我々の"空気"は論理よりも強い。三角さんは14歳の時に部隊に入り、事実を知ってほしいと言うことで今回初めて取材に応じられた。

戦後72年経ったからこそ語ることができる、語られなければならない事実や告白。その重み。歴史が改めて問われている。満蒙開拓団の方の話もそうだ。

人間が人間であると言うことは一体どのようなことなのだろう、映像にも人としての一線を超えた医師たちとある。この映像を観て考えた。人間を人間たらしてめているものは…。兵士として満洲とロシアに行った祖父の事が思い返される。教師だった祖父は物知りで穏やかで生徒達に慕われていて日常で声を荒げた事など一度も無かった。美しい本や古い本が几帳面に並べられた祖父の書斎は乾いた日向の匂いがして私はそこにいるのが好きだった。

その祖父が酒を飲むと激しく酔い戦時中の出来事を話し出す。そして最後には、泣き出す。いつもは言葉少なく優しい祖父が怒ったり激しく泣くなんてまるで二重人格者のようで幼い私には恐怖だった。中学生ともなると、また戦争?もう終わったのだからその話はいい加減にして欲しいと思った愚かな自分がいた。

祖父の満州での印象的な話を覚えている。満州で旧日本軍がした恐ろしい出来事、祖父は1回しか話さなかったが強烈な印象を伴って覚えている。祖父は晩年アル中になるほど飲んだが酒が旨いと思ったことは一度もないと言った。酔いたくて飲んでいると言った。そしてシラフでは決して話せない戦争の話をした。無意識に記憶を閉じ込めて切り替えないと人格が崩壊してしまうような出来事をあの時代の人は皆経験したのかもしれない。

 

我々日本人の特性を自覚し、絶対に繰り返してはならないのだと思う。

どうしたらそれを考えることできるのか、それはやはり知ることから始まる。

私達は、いや私は戦後を引きずるべきだ。

おじいちゃん、ごめんなさい。もっとお話聞いておけばよかった。

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近所の空き地に白い百合。雨に濡れて咲いていた。

終戦の日に、追悼。

いいことば

すごくいいことばを見つけた。若松英輔さんという批評家の方。ツイッターから。

 

愛する人を語ろうとして、ほかの誰よりも優れていると言い、幾つかの美点を語るとする。一見すると喜ばしいように見えるが、紹介された者はすぐに自分が誰かと比べられ、相対化されている事を残念に思うだろう。愛するとは誰かと比べ、優秀さを評価することではない。固有な存在をいつくしむことだ。」

 

この方も文章講座をされているみたい。文章講座って世の中に結構たくさんあるんだね。

自分は文章というか言葉向きの人間ではないのはよくわかってる。

でも言葉に対して自分が以外な反応をしたりして面白い。それにたまに深く自分の中に入る言葉があって、ピンチの時にその言葉が助けてくれる。あたまで考えただけではない言葉。

好きになる人はうまく言えないがその人のまわりが光っている、感じがすごくする。世間的な評価とは関係なく、いい人かも関係ない。

光り方はひとりひとりみなちがうんだけれども。そういう人に会うと心が広がる気がして、その人がそのままであるように、と思う。

この言葉はそういうことかな?

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近所の神社の池に青鷺がきていました。

田んぼにもよくいるけどわたしは鷺が好きです。神社をぶらぶらするのはとても好きです。

自然が割と自然なまま残されているから。

恐ろしさも優しさも。

 

実は父のまわりも光っていたな、ということに気がつく。

和解、自分との。

君がそう認識していなくても迷惑は迷惑として存在してるんだと思います。

悲しみを伝えることって、暴力のひとつだと思います。

わざわざ人に話すことじゃなかった。

もう3時ですね。おやすみなさい。        

坂元裕二の小説 「往復書簡 初恋と不倫」を読んだ。友達が誕生日にくれた。

いいのだ、とにかくモノローグというかセリフというか。対話ってすごいなと思った。まあすべてメールか手紙なのだが、対話だよね、これは。

上のセリフはハッとした。そして 少しショックだった。わたしは大切な人たちに自分の人生の悲しみについて話してしまったから。

そうか、悲しい話って暴力かもしれないよな。その人たちは聴いてくれて深く寄り添ってくれたけど。

なのに書いてしまう。自分の為に。

11年前母が亡くなった。

母の葬儀の朝に知らない番号から「〇〇(父の名前)は最低男」とCメールが来た。怒りの後脱力したが、数年後それが事実と知ってもっと脱力する。

父にははもうひとつの家庭があった。今はまたそれとは別に私と年が変わらない女性との家庭がある。年がだいぶ離れた腹違いのきょうだいが現れて驚きすぎて笑った。男の夢だね、と言ったおっさんがいたけど、御愁傷さま、チーンと思ったね。

母が早く亡くなったのも父のせいが大きいと思う。母は神社のお嬢さんで母の父も兄も言葉少なく本当に穏やかで優しい人だった。母は器量も気立ても良かったのでいい縁談がたくさんあったらしい。

父は商売人としては成功したが、苛烈で変人で浮気者で嘘つきだった。突然の怒りの標的になるのは大体母か弟だった。私も張り飛ばされたり、殴られたりした。

父は私が中学生の時からほとんど家にいなかった。思い出は小学生まではある。

小学4年生の時、祖母から「おまえは女で嫁に行ってしまうので弟のほうが大切なんだよ」と言われてショックをうけた。思ったことをなんでも言ってしまう悪気のない人だったのだけど、成長期で自分の身体がなんとなく女になっていく気持ちの悪さと不安の中でその言葉は私をナイフみたいに切り裂いた。久しぶりにメソメソと泣いていた。

どこからか、父がきた。

どうした?と言われて泣いてつっかえながら祖母に言われたことを言った。

突然、父は私の脇のところを持ち上げた。そして幼い頃してくれたように、上にあげてくるくると回した。すごく高く上がった気がした。父は下から私の顔をみて笑った。いつもは嘘ばっかり、というか嘘とか言い訳しか言わないそして機嫌が悪いとものすごく怖い父がなんにも言わずに私をみて笑いながらくるくると回した。

すごい力だったと思う。だって私その時すごく大きくなってたから。

びっくりしたのと、おかしいのと悲しいのとうれしいので泣き笑いで涙と鼻水が止まらなかった。父の顔にぼたぼたと落ちた。

父は目をしばたたかせながら、ただだまってにこにこと私を回しつづけた。

父は全然うちに帰ってこなくなった。たまに帰って来ると母が大喜びで新米や美味しいおかずや果物で迎えたのでまるでお供え物みたいだな、と思った。ふざけて弟とお地蔵さんが来たね、と言ってた。そう、お互いにいつもふざけていて、核心をついた話はしなかった。離れると父の暴力は止んだ。昔は色々あったしちょっと変わっているけれどそれなりに仲のよい家族だと信じたかった。面白おかしく楽しくしたかった。だから精一杯ピエロを演じた。

いつもどこにいるの?年に数回しか帰ってこないけど本当に仕事なの?

都合の悪いことをきくとそらすのはなんで?

お母さん、病気なんだけど。そんで時々倒れたりキレてんだけど。多分あんたのせいが大きいと思うんだけど。

おじいちゃんも結構呆けてんだけど。アル中なんだけど。

弟、いなくなっちゃったんだけど…。

聞きたくて聞けなかったこと。向き合ってほしかったこと。

親類などから大丈夫か?と聞かれて大丈夫、と言ってた。母が膠原病からの悪性リンパ腫という血液の癌の診断を受け、結局私が仕事を辞めて、母の看病と祖父のお世話をすることになった。ものすごく出来たわたしの理想の弟は突然荒れていなくなった。それが一番びっくりしたことかな、過酷な子供時代を生き延びたもの同士一生近くにいてお互いに結婚とかしても支えあっていくんだろうなと思っていたから。

さすがにキレそうだったが無駄に我慢強い性格、私が家族の要だと勝手に思っていた。そうすれば弟も帰ってくるって。

ねぇ、お父さん、最近読んだ本でよかったのなに?映画は?そうだ、ジブリの映画では何が好き?そんなたわいもない話しか答えてくれないからそういう質問をする。

そうだな、魔女の宅急便かな。あれはいい、あれが一番好きだなって。

看病とか介護って本人が気がつかないうちに心が取り返しが難しい位疲れてくる時があるんだよね。

誰も本当にはたすけてくれねぇな、父は無理でも弟帰ってこないかな…はぁーと思った夜があって

そうだ、魔女宅もう一回観てみようって。

なんだか疲れ切ってぼんやり観ていた。

あっ、と思った。

旅立つキキにお父さんが私にしたのと全く同じくキキをくるくる回すシーンがあった。キキもキキのお父さんも2人ともとてもとても幸せそうだった。

何度も巻き戻してそのシーンだけみた。

お父さん、これ私とお父さんのことだよね、私のこときっと大切なんだよね、だからこの映画が一番、なんだよね…。たったひとつのいい思い出にすがった。

それだけで案外いけるもんで母に似た生来の我慢する性質を遺憾無く発揮してしまった。商売人の娘なのでいつでも明るく振る舞うのが習慣みたいになっているところがあったのでだれも気がつかなかった。

自分さえも。

 

言葉化できない。本当の感情はどこに行った。非常事態に冷静だ、と思っていたけれどただ単に未熟な情緒だったのだ。演じなければならない時が多すぎて現すべき本当の自分の感情を見失っていた。

この一文を見た時はあまりに言い当てられた気がして絶句してしまった。

だから「人生はドラマティックだ」と思うとき、ほとんどのそれはサバイバルによって得たコミニュケーションのパターンがもたらす葛藤を味わっているだけかもしれません。自分を突き動かす力動がわからない。つまり己が何者であるかを知ることもなく、他者を演じるドラマの中で死んでいく。

「やわらかな言葉と体のレッスン」尹 雄大

 安易な自己憐憫に飲み込まれたまま、他者として死にたくない。

自分として生きたい。

 

 書くことは感情の供養になる、とあるライターさんが書いていた。たしかにそういう部分もあるかも知れない。私の場合は主に未熟な感情を見つける為に書いているんじゃないだろうか、ふとそう思った。泣いてもパニックになっても良かった時に全然そうしなかったから。できなかったから。その感情を解放してあげる。

それは再び 泣いたりパニックったりするのではなくあぁ、そうだったんだ、怒りたかったんだ、悲しかったんだ、とただ認めてしみじみする。

今までは無意識に態度で相手の出方をみたり、コントロールしようとしてきた気がする。本音を言って拒否されてこれ以上傷つくのが怖いという部分もあった。でも本当のきもちを言えたなら返事がNOでも納得できて前に進めるということを最近知った。

  「言葉ではとても言えない」ということを言う為にみな言葉を尽くしているんだ、きっと。

そうしてことばと向き合っていれば

いつか

きっとことばをすてることができる。

聞こえますか、待田さん。

わたしはこれから毎日こんな感じであなたに話しかけます。

話は主に、この世界の痛みと、同じ数だけの喜びについてです。

 

本当は意志の力なんか関係ないかもしれない。

でも、

向き合わない浄化を教えてくれた人、向き合う浄化を教えてくれた人、父と真逆の夫、あたらしいきょうだい、ここまできたんだからちょっとやそっとじゃ壊れないよ、でも、嫌になったらいつでも逃げていい、と言ってくれたともだち。

生きてきて、みんなに会えた。

それが一番大切なことだ、愛おしいことだ。

私はこれから同じ数の喜びのほうによせてゆく。

今までたくさん泣いてきた、でもそれは母や弟の為だった。

今、はじめて自分の為に泣けた気がする。自己憐憫の涙ではない、排出する予定だった水分。

それは私を軽くする。

自分との和解に必要な最初のステップ。

解いてゆく。

大好きだった人

19歳の時、大好きになった人がいて2コ上の先輩だった。その人にずっと好きな人がいる事も知っていたんだけど、学食に毎日ついて行って

本当にいいよね、あなたのこと、大好きだなと言い続けていた。本人の目の前で。まいにち。

その人は、オレ好きな人いるしだめだから、とかわかったわかった、とか最初言ってたんだけどだんだん、なにも言わなくなった。

それをいい事に

いつも前の席で、本当に大好きだよ、そのトレーナーのよれた感じがめちゃくちゃいい、とか言ってた。なにげないところ、ことばの選び方や間。恥ずかしそうに笑う癖。話してる時じっと見るところ。トレーナーを乾燥機にかけてから思いっきり引っ張るとこうなるんだよ、と教えてくれた。私にとってはすごく素敵な人だった。

ほんとに恥知らずというか気持ちが隠せないというか。いや、でも真剣だったんだよね。

あの熱情は一体なんだったのか、恋って奇妙なものですね。私はかなりやんちゃな父と弟がいて男の馬鹿さ加減、どうしようもなさ加減が身に染みてわかっていたので男性に対しては割と諦めとクールな目をもっているつもりだった。しかし彼にはどうしてもクールになれなかったのだ。好意がだだ漏れ。

毎日の事なので彼もだんだんペットのような感覚で私に接するようになった。学食の入り口で待ってくれるようになった。おー、きたきた、よしよしみたいな。犬が好きな人だったな。好きな映画が似てた。

10年後29歳の時に再会する事になるのだけど(9年振り、感動した。)2人とも沈んでてその時お互いに「グランブルー」をかなりヘビーに観ていてびっくりした。いやー、観ないと寝れないのよとかって。サントラも聴き込みすぎてボロボロ。ブームはとっくに終わってたし2人で観たことも話した事もなかった。別れても9年間クリスマスに手紙を出し合っていてある時「ブエノスアイレス」を勧めたら、いたく気に入っていた模様。

学食にて好きだと言い続けて 2ヶ月位たった頃かな。

私がいつものように、彼の前に座ってごはんを食べ始めた時、

「あのさ、おまえさ、いつもオレのこと大好き大好き言ってるけど、どれだけ好きなんだよ」

と言われた。私はとにかく彼の全てが好ましい旨をその時の私の出来うる限りの表現で説明した。毎日言っているので言葉がでてくる、でてくる。本当にこの人好きだと言いながら思っていた。

彼はしばらくふーん、と静かに聞いていて

「オレはその3倍好きだから、おまえの事」と言った。

 

.........。

そして怒涛の大恋愛に突入するのです。

しかも三角関係。

 

さんばい?さんかくかんけい?

 

ひえぇぇ…ですよね…。

うつせみ

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昨日の夜、散歩していたら

羽化したばかりの蝉をみつけた。

真っ白よりも白いというか透明というか

ゼリーというかやわらかというか

宵闇に浮かぶちいさな、でも確かな発光体。

きれいすぎて

とても写真とれなかった。

30分たってもどってきたらすこおしだけ 

茶色に蝉っぽくなっていた。

さっきの写真にもとれないような美しさは

消えていた。

でもびっくりするだろうからやっぱり写真は

とれなかった。

 

あさ、飛び立った後、うつせみの写真ならとれたよ。

 

うつせみ [DVD]

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 この映画見たとき、あー、これ私の映画だぁ

って思ったこと、覚えてる。

ほとんどね、セリフない。

うるさくなくていい。

でもキム・ギドクの女性に暴力報道には心底がっかりだよ。うつせみはそれらの暴力を否定していたんじゃないの?

これからの映画は見ないから、絶対。

もし火事になったらレンブラントの絵より猫を助けるってジャコメッティは言った。

芸術より大切なものはある。

勘違いしないでほしい。

海へ

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私は水に強い親和性があって

海とか川とか、雨とか、馴染む。

水を含んでいる植物からもなんかいろいろもらう。自分の中にも水分を溜め込みやすい。その水が淀まないように、循環するように、気にかければ調子がいい。

だからたまに海で浄化はすごい効く。

身体が海を求めておかしくなりそうな時があり

そんな時は無理せず

突然でも海に行く。

 

一部分だけでも海に浸かるといいし、全身が最高。

目は唯一脳が剥き出しであらわれた場所なんですと。

私水中メガネやゴーグルが苦手なんでいつもそのまま目を開けて潜るんだけど

確かにな、

脳がクレンズされる感じ。

あ〜〜、脳洗いに行ってるわけね…。

水中裸眼で割と見えるタイプなんだよね、クマノミの親戚みたいな魚がいっぱい見えた。

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本当にきれいだったな、水晶浜。名前まで。 

 海水、塩分のバランスよかったっちゃ。

波の揺らぎがおしゃべりだったな。小鳥みたいな。

会えてよかった。

こんなにしあわせなことはないよね。

この夏水との親和性のもとになった水に会いにいけることになっててすごくうれしい。ずっとあの水のこと思ってる。