あしあとをよむ

あしあとをよんでるがなんのためなのかな

もも

ももをいただきました。とれたて!

いちばんすきなもも料理を作ります。

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ももとモッツァレラのサラダです。

オリーブオイル、レモンの皮、白ワインビネガー、塩、胡椒

たったそれだけ、しかも分量は適当。

なのにこんなに美味しいものはほかにはありません。互いが互いを引き立てあい、最高に素敵なはーもにーを奏でていらっしゃる。魔法レベル。超簡単だけど。

あ〜〜おいしいよぅ…。泣。

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たまにはおしゃれなものを。

オレだっていつも雷こんにゃく作ったり漬物つけてるだけじゃないんだぜ…。

 シャンパンとかスパークリングワインがあうんでしょうがね、最近ムダに酔いやすいので炭酸にレモンとベランダのミントをいれました。

おいしいよぅ…。

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ももは作るのむずかしいんだぜ。

こども

夫のおとうさんの古希祝いにつき、

義理のめいっこおいっこに会いました。

あー、人間ってこんなに素直だったんだっけ…。こんなに笑うっけ。

かわいい…。ただひたすらに。

 

なんとすくすくと成長しているの。

めがねもぽっこりおなかもなにもかも素敵。

ありがとう、と何回言われたか!

ありがとうってほんとにいいことばだね、あらためて。すぐ大好きって言ってくれるのね。

こちらこそありがとう。

ぴかぴかできらきらな君たち。

愛されているこどものまわりの空気は甘い。

しあわせなとき、妹が兄を見る視線、姉が弟を見る視線。 あまくてあまい。

あ〜〜こころが、

かわいい空気を一杯吸った。

夏の子ども最強。

 

みんなで会うっていいね。中華っていいね。みんなほんとにいい人。いい人がいい人を育てるんだね。

おとも

いま働いているところでは

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こーゆー感じのものをほぼ1日置きにもたされるわけです。なんか、しかもわたしだけにこっそり渡してくれるんです…。まー、いわゆるヒイキってやつみたいですけど。うれしいのですが、ん〜〜よくわからないな〜。しかしとれたてでもちろん美味でありがたく頂くわけです。なわけで、食費がほぼかかっていません。地方は閉鎖的なところもありますが中にくいっと入っていくとものすごく親切にしてくれます。よそ者ってことで逆に労られたり笑。人間ってなんか不思議。

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最近お気に入りの一人飲みセットです(炭酸ですけど。)

しっとりレバーはほんとにしっとりです。

新鮮なレバーを血抜きをしっかりして(ハツとレバーにわけて同じ大きさにして(レバーは血管を断ち切る)でかいボウルの中で流水しながらぐるぐるまわす←5回くらい繰り返す、遠心力で血の塊が出てくる、これが1番早く確実に血抜きできる)沸騰したお湯に(生姜やネギの青い部分入れるとなお良し)入れて再沸騰したら火を消す→そのまま20分放置。低温で火が通るのでしっとりなのです。保存する時は汁ごと冷蔵庫で。5日位もちます。出来立ては是非おいしい塩で。オリーブオイルをかけても更にうまい。早くて簡単なものばかり作ってます。暑いし。

もうね、最近こういうもので充分なわけです。

ぬか漬け発明した人天才。

自家製ほんとにうますぎる。もうね、なんでも入れちゃう、やさい。山芋とかセロリも美味しいんだよね。

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夕暮れにのむこーゆー感じも割とすきです。 

ザ・かわきもの。 

BGMはやはりジルベルト先生…!

夏ですから。

ゆがみ

ある人にメール送りました。

いつもiPhone で書いてるんです。

ふと、思って送信後PCから見てみました。

あちゃーと思いました。

かたちが、重い、歪んでる…。

スマホからはいい感じに見えたのですが。

内容どうこうよりこれは思いやりのないメールですね。

重い槍みたいなメールを投げてしまいました。

ま、達人なのでさっと避けてくれるでしょうが。

こーゆうとこに自分のゆがみが現れてしまうのですね。

重いなー、漬け物石みたい。

でもその方のおかげで軽くなりつつあります。

 

スマホ気をつけよう。

自分気をつけよう。

一回寝かせてメール送ろう、と思うのにですね…。

せっかちが災いするのですね。

ま、送ってしまったものはしようがない。

ここで謝って終わりたいとおもいますm(_ _)m

もちろん読んでないと思うけど、なんか気持ち的に。

あーあでも、ごめんなさい。

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 台湾のとり、かわいかったな〜。

近づいても逃げないの。

228和平記念公園にて。

りすとか亀もいっぱいいてさー、すごい好きな公園だった。

この夏は浄化の夏。

あとね、あそぶ!

What is it like to be....

わたしがわたしであるとはどのような事であるか。それは他の人には知り得ないこと。逆もまた然り。

ウムヴェルトってドイツ語でum(回りの)welt(世界)つまり環境って訳されている。犬には犬の世界(嗅覚が超鋭敏な世界?)かえるにはかえるの世界(皮膚が水分に敏感に反応する世界?)マダニってダニは視覚と聴覚が無く、かわりに嗅覚と触覚と温度感覚が優れているのだそうだ。だからマダニはじっとして高い温度のものが自分の側を通り過ぎるのを待っている。偶然にも通り過ぎたら、さっとそこまで飛び(ダニだから跳躍力も優れてるってことだ)温かい血を吸う。 

コウモリであるとはどのようなことか

コウモリであるとはどのようなことか

 

この本を読んでいる。おもしろい。コウモリであるとは、わー、こんな羽根でも結構飛べるんだでも夕方しか飛べないのはなんだかなぁとか鍾乳洞の中で逆さまになるのは最初はおもしろいと思ったけど飽きるとか、なんか虫とか食べるのは辛いけど生命維持の為に食べなきゃ!とかではもちろんない。いまあげたのは人間(わたし)がコウモリになったとしたらのあくまで仮定の気持ちである。そうではなくてコウモリの脳を持った生物がどのように世界を感じているのかである。

脳って本当に一人ひとり違っている。私は幼い頃から動物が好きで、学校でも生き物係だった。動物の感覚の方がなんかわかるというか、共感するというか。普通こうでしょ、と言われるのが怖かったし悲しかった。でも普通こうでしょと言われたことを貯めてなるほどこう感じると変だと思われないのだなと社会に適応していった感もある。

父が奇人でたくさん動物を飼っていたというのもある。ヤギとかピラニアとかもちろん犬とかも。本当に父はナチュラルな変人で拾ったカラスのヒナを手懐けて親だと思い込ませて(そういうところは天才的)本当の親が怒って怒ってうちの周りをカァカァ鳴きながら呪いのように飛び続けておばあちゃんが激怒した事など。強烈な思い出が多い。

小学2年生の時おたふくかなんかでしばらく学校を休んだ時があって久しぶりに登校するとクラスで飼っていたでっかいかえるが死んでいた。しかも死んでしばらく放って置かれたらしくドロドロになっていた。夏だった。わたしは何も考えず水槽を外まで運び(誰かが手伝ってくれた気がする)かえるを素手で取り出し埋めた。そして水槽を掃除し始めた。

臭かった、でも別に嫌悪感みたいなものはなく淡々とドロドロを掃除し始めた。何人かの男子がきったねーなとはやし立てた。女子たちもえーすごおぉいといいながら遠巻きに見ていた。うっすらと悲しいと思ったが心は凪のように穏やかだった。かえる、ゆだって暑かったね、でもドロドロだけど死んだからもういいねと思った。

鈍臭いわたしをいつも助けてくれる男の子がいてその子は休みだったのかその場にいなかった。手が臭くなって服も靴下も濡れて今日はあの子がいなくて良かった、と思った。明るくて人気者であからさまに好意を示してくるタイプでわたしが失敗するといつもすぐにどこからかきてなつこのためなら〜〜♪というオリジナルソングを歌いながら処理してくれるのだった。給食係で全員分の牛乳を落とした時も。図画の時間にバケツをぶちまけた時も。いまなら抱きついてどんなに嬉しかったか、どんなに感謝してるか語りたいのだがなにしろ小学低学年まではものすごく内気で言葉がすぐに出てこなかったのだ。なにもかにもが恥ずかしかった。集団の中にいる自分がなんだか滑稽でいつも下を向いてるか窓の外を見ていた。

なんにも求めずただいつもわたしを助けてくれたあの子。笑顔がとても素敵だった。他の男子にからかわれても堂々と好きだからと言ってくれた。ありがたくてありがたくて思い出すと涙がでる。わたしもあの子の事が好きなのだ、と思ったのはみんなから好奇の目で見られてるとき、あの子がいなくてよかった、と思った時だった。

 もしかしたらわたしの記憶違いで本当はその場にいたんだけど腐ったかえるはさすがにひくわーと思われていたのかもしれないけど。

たとえ記憶違いでも美しい記憶のほうをとっておこう。人は個体差が激しいという事をわかるきっかけを与えてくれた人だから、という事でなにがいいたいのかというとわたしは自分の感覚ってわりとズレているんだなぁと幼い頃に自覚し、まぁズレていても好んでくれる人、受容してくれる人、理解してくれる人、あとかなり近い感覚の人はいるみたいだというわりと肯定的な気持ちです。多かれ少なかれ皆あることだと思うのだけど。言葉で説明するのができなかった自分の頃を思い出すと自分を知る手がかりになるのかもと思い幼き頃のことを思い出してみるのです。うん。

いままで出会ってきたあの子の成分を含んだ人たち、本当にありがとう。今はこのキモチを伝えたいな。うまく伝えられないかもしれないけれど。


KIMOCHI 椎名林檎×向井秀徳

ウムヴェルト

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雨上がりの畑はかえるさんがいっぱい。

わたしを誘導してくれる。

梅雨もいい。

雨のシャワーは特別好き。

まわりの山がとても近くにみえる時、もうすぐ雨が降る。霧がかかって見えない時も降るんだけど降り方がちがう。

雨が降っていても山が遠くにくっきり見える時はすぐやむの。

雷が鳴りはじめるとわくわくする質、よ。

 

生態系は常に変化している。

たまにはかえるになってみたい。あの手足いい。ぺたっぺたっ。薔薇の中でひとやすみ。くつろぎが似合う生き物なんだから。

わたしといっしょ。コロコロ。ぺたん。

思い出の中のエドを呼ぶ。

ことば、というものについて思いをめぐらせていて

一番最初に意味のあると思われることばを発したのはなんの言葉だったのだろう、と思った。そういえば昔母に聞いた事がある。わたしの場合は犬の名前だったと聞いた。近所の犬。ママでもマンマでもましてやパパでもなく。

うっすらと記憶がある。大きな白い身体、黒くてやさしい瞳。わたしがエド、と呼ぶとゆっくりと近づいてくる。柔らかい毛、温かい息遣い、香ばしいような匂い。たまにわたしのよだれを舐める。雑菌とかにうるさくない時代で、家で本当によかった。

私は長女で父方、母方の祖父母にとってもはじめての孫という事で大変可愛がられた記憶がある。しかもその時叔母や曽祖母も一緒に暮らしておりみんなで私の取り合いというか愛情は与えられて当たり前という環境だったようだ。近所の人や親戚も毎日のようにわたしを見に来た。もちろんみんなの愛は心地よい。ただ子供ながらにその視線に疲れてしまうことがあったのだと思う。

エドは違った。期待も要求もそして視線もなくただいつもゆったりとわたしといた。視線ではなく、みつめる、という動作があった。エドが吠えたりしたのを聞いたことはない。老犬特有のいや、とても賢い生物特有の落ち着きがあった。

いつも縁側で待っていると時間になると来て、時間になると帰ってしまうエドが恋しくてエドエドとよだれをたらしながら呼んでいたらしい。

それが一番最初に言った言葉だよ、と母が言っていた。

白い白い大きなかたまり、エド

やさしいその目はどこをみていたのだろう。

毎日近所の赤ちゃんに何を教えにきたの。

いつものようにエドは来ていた。

次の年、弟が産まれて私はその可愛さに夢中になった。始終そばにいてずっと顔を見ていた。誰もいない時にビスケットを口に入れたら食べたのがうれしくてどんどん入れていたら激しく泣き出した。喉につまらせて吐き出した。慌てて祖母が飛んで来て事なきを得たけれどよかれと思ってしたことが裏目に出て子ども心にたいそう傷ついた。バツがわるかった。しかし、弟は恨むでもなく怖がるでもなく、落ち着くとわたしの顔を見て面白そうに笑った。胸がきゅんとした。喜怒哀楽を激しく素直に表す小さな生き物。なんて愛おしいのだろう。そうしてだんだんと小さな守るべき生き物との接し方も学んできてその小さな生き物がわたしを姉と認識するようになってなんともいえない幸福感を感じていた。

エドはその間もずっと来ていたらしい。

わたしが縁側にいない時も。

エドが死んだと聞いた時、泣いた記憶がある。3才位だったと思う。死とゆうものもよくわからないまま。

そしていつか忘れた。

 

小学生になってスーパーで買い物をしている時、声をかけられた。

エドの飼い主のおばさんだった。

おばさんは涙ぐんでいた。わたしの手を握って

なっちゃん、久しぶりだね、大きくなったね、エドなっちゃんとお友達になれて本当によかったとおもう、と。

実際その時はエドのことはすっかり忘れていて、でもおばさんの感極まった様子にびっくりしてなんとなく、はい、わたしもです、とか言うのが精一杯だった。

 

最近、エドの事を思い出す。

ただ思い出す。

薄暗がりにぽうっと浮かぶ白く大きな光。

もう一度声を出して呼んでみる。エド

 

あんな風な高級な愛を

私が誰かにあげることができる日はくるのだろうか。