あしあとをよむ

あしあとをよんでおもいだす

As above so below 大地の再生

あぁ、遠かったけど本当に行ってよかったよ…。本当に会いたい人には遠くても会いに行かなきゃね。

11月の最後の土曜日、伊賀の里まで会いたかった人に会いに。
言葉では表せないたくさんのものを受け取ってまだ全然消化しきれていない。
でも自然や植物や、そして人に対する考え、りにゅーあるしました。
矢野智徳さん、スタッフのみなさん、最高にかっこいい人たちでした。こんなに楽しい草刈りがかつてあっただろうか…。

座学がほとんどかな〜なんてボケた気分で行ったら矢野さんのお話は全部で30分くらい?
それも立ったまま。後は朝から夕方まで実践作業のみ。でもそれが良かった、おかげで最高に沁みた30分でした。訥々と語られる言葉がびしばし入ってきて
でも消化出来ず、涙を堪えるのがやっと。

教わった風の草刈り、農、花仲間たちとやってみたい。いや、これだったら植物に興味ない人もできるし、興味もつかも。←実はこれが一番良いなと思ったとこ。だって自然はだれにとっても必要なものだから、みんなが関われたら、とっても楽しいし、なにより楽になる。
赤ちゃんを連れた人もいたし、子どももいたしご年配の方もいた。(子どもは元気に遊んでいてよし٩(^‿^)۶)それぞれができる形で参加していて自然な形で互いを尊重しあって本当に空気がやわらかくて溶けそうだった。

雑草が風で折れるだろうところを刈る、そうすると草がびっくりしないのでそんなに伸びない(風に倒されたんだと思うらしい)要するに人間が自然(風)を模倣した草刈りなわけだが、そうすると根も必要以上に張らないのだそうだ。(花切りや切り戻しと真逆のことです)そうすると風の道ができる、地上と地下は相似形なので、地上に風が通ると地下にも通る、地下に空気が流れると水も流れる…きれいにするためではなく風を通す為の草刈り、それが、地上と地下の環境を変えてゆく…少しずつ。これには、本当に眼から鱗だった。やりすぎないこと…。まず、様子をみて観察すること…。風の通り道は里奥へとずっと繋がっていること…。人が自然に手を入れることの意味。

人間のエゴで大地が呼吸不全をおこしていて、でもまたこんなふうに治すことができるってこと、少しずつだけど…。水脈の説明もとても科学的でそして極めて感覚的、だと思った。
人間の五感を信頼する。
言葉はあてにならないけど私自身の身体が感じたことなら信じられる。今までいろんな農体験、自然系環境イベントとか顔だしてきたけど一番気持ちが良かった。空気が研ぎ澄まされているのにとても柔らかい。指導者にもみんなにも◯◯すべきの空気がない。上から目線がない。でもアドバイスは超的確で。一番感じたのは自然への畏敬の念、人間の可能性への尊敬の念。そこにみんな頭を垂れる。だからそんな下らなすぎるマウンティングは超越してしまう。実践のみ。

もっともっとすごい話を聴いたし(説明できない)
水脈についてもまだまだわからないことだらけですが自分のペースで学んでゆきたい。

短期的な人間の利便性ではなく大地とそこに息づく動植物の循環から環境を観ている矢野さん、そしてそれを再生しようとしている。

こんな人がいるんだ…そして集まってくる人たちがいる…。言葉ではなくその佇まいが何かを雄弁に語っている。草刈りの途中山奥で風にあわせて揺れながら落ちる葉っぱがあまりにゆったりときれいで泣きそうになった。

決めました、いろんなことをあきらめない。

ゆっくり急ぐこと。

As above so below.

下にあるものは上にあるものの如し。

逆もまた然り。

 

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矢野さんインタビュー
http://watashinomori.jp/interview/image_itv_19.html