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村上春樹 「騎士団長殺し」とりあえずの感想。

村上さんの新刊「騎士団長殺し」読了。
あまりに今の自分にぴったりで恐ろしい位だったけどまぁそう思わせるのが優れた作品ってことですね。もしかして自分の為に書かれたんじゃ?って思わせること。内容に少し触れているのでネタバレが嫌な方は読まないでください。

ねじまき鳥クロニクル海辺のカフカ1Q84からの人間の暴力性について、苦しみについて、それを感じることの意味ついて。大切なものの 喪失とそれを取り戻すこと、そしてまた失うかもしれないという暗示。兄妹、夫婦、こどもについて。デタッチメントからコミットメントへ。idイド(精神エネルギーの源泉)の象徴である井戸に入ること、大切なものを取り戻す為、試練をうけてイドに入る。イドにたどり着くまで助けてくれるガーディアンたちの存在...。このシーンには本当にぐっときた。このような守護天使は誰の人生にも存在するのだろう、気がつく気がつかないだけでいつもわたしたちを護ってくれているのだ。私はそう信じる。ねじまき鳥でもこの井戸は重要なモチーフとなっていた。自分の存在さえも見えないほんとうの暗闇、暗渠。地下にある水…。精神分析学とかだといろんなことが読み取れるんだろう。でも小説って分析学じゃないからすぐにいろんな説明をしなくてもいいんだと思う。そういうすぐ役に立つか立たないかとか問いに対する迅速で明確すぎる答えとか効率化とかそういうとこからだいぶ遠くにあるからこの人の物語世界って森みたいに豊かでそしてはかりしれないんだよ。謎は謎のままでいい、きっとその人に必要なタイミングでわかる時がくる。河合隼雄先生はかつて村上さんとの対談で言った。"治るばかりが能じゃないんですよ。そうでしょう、生きることが大事なんだから。"

そしてイデアの象徴として騎士団長があらわれる、というと難解なようだが、そこはさすが村上さん、ものすごくおもしろくしてあるのです。特に騎士団長(身長60センチ)とのやりとりは絶妙におもしろい。だって「イデアとて義理人情を解さないわけはない」とか言うんだよ、義理人情?「それを教えるのはあたしの役目ではあらない」とかもうね、喋り方面白い。カフカの猫が喋ったのもかなりときめいたけど。

わくわくして読むのがやめられないのに読み終わるのが惜しい、って作品はやはりなかなかないと思う。文章なのになぜこんなに映像が浮かぶのかって位。今回の主人公は絵描きでもあるので余計に描写が細かく感じた。

今までの村上作品を彷彿とさせる魅力的な登場人物がいろいろ出てくるのだけど(メンシキさんの端正な妖しさよ!)やっぱりわたしはこの人の少女(または少女性を残した女性)の描写がとても素敵だと思う。今回はまりえという13歳の少女が出てくるのだが心の中のすごく柔らかい部分をそうっと撫でられている気分になる。実際まりえが出てくるとすごくいいきぶん。どうしてこんなことわかるんだろう?68歳のおじさん(失礼)に。少女の言葉にはできない不安を秘密をそして勇気を。

主人公と少女と2人で屋根裏に住むみみずくを見る場面があるんだけども美しくてやさしくて…胸がいっぱいになる。このシーンだけ切り取って心の中の特別な場所にしまっておこうと思う。そして必要な時に解凍してゆっくりと反芻するのだ、たとえば眠れない夜などに。

世界は暴力に満ちていると感じることもあるけどこんなに美しい瞬間があるならばきっと生きてゆく価値はあるんだろう。

ねじまき鳥もそうだし、カフカのカラスと呼ばれる少年のパートもそうだし村上さんの作品にもたくさんの鳥が鍵としてでてくる。暴力性の認識、深いコミットメント、壁抜け、イド、鳥たち、もう少し考えてみよう。わたしはみみずくになりたいよ。

この小説によって私の一部分が癒されたのを感じる。いつもこの人の小説はそうだ、だからいつも戻ってきてしまう。

もう一度読んでみたいと思う。きっとまた違って感じられる。f:id:natsumomox:20170309182059p:imageみみずくのふりをする別の生き物には注意‼︎