あしあとをよむ

あしあとをよんでるがなんのためなのかな

本を読むこと

よしもとばななさんが「騎士団長殺し」を読んだ時すごく辛い状況だったのだそうだ。でも本を読んでいるあいだ小田原(今回の舞台です)までこころがぴゅうっと運ばれて忘れられたと。物語を読むことは現実逃避なんかではなく旅をするようなもので友達に会いに行くようなものだと。こんなときに人を救ってくれるなんて、本はやはり地獄の底まで着いてきてくれる友だちなのだ、と。

なんて良いこと言うんだろう…。本当にそうだよね、って思った。私も2月、3月初め本当に辛かった、でも「騎士団長殺し」の主人公と共にもう本当にどきどきしながら旅をしてなんとかくぐり抜けて少しずつ楽になって行った。もう誰にも何にも相談しようがない時、辛さを言語化できない時でも本だけは味方だったよ…。言語化できないのに言葉を扱う本なんてと思われるかもしれませんが、物語ってちょっと違うのだと思う。

小説にとって大事なことのほとんどは、言葉の網ですくわれるものにではなく、その網からこぼれ落ちていくものの中に含まれています。でも、それでもやはり、言葉の網である程度の意味をすくっていかざるを得ないということもひとつの事実ではあるんですが。"村上春樹さんが読者メールに回答した中より抜粋。

物語の中にある期間夢中に入って誰かと一体になることでなにかが少し楽になる、一部分だけ癒される、それが何かはすぐにはわからない…それが大切だと思う。

時間がないとかあるとかそういう問題じゃないんだよね、本読むって。私にとっては切実な死活問題問題なのです。なにをおいても村上さんの新刊は読みたいのです。特に長編。私は記憶力が良い方ではないんですが、村上さんの長編は何歳の時どこで読んでどういう風に感じたかソファーの匂いとか窓の外の感じとか途中話しかけてきた人のこととか、克明に思い出すんですよね。やっぱりそういうのっていい小説だと思いませんか。来週末旅にでるのでまたこの本をお供に。村上さんの本の中には音楽がたくさん流れているところも好き。

Redio head  「Creep」

 https://youtu.be/XFkzRNyygfk 

海辺のカフカ」の15歳の主人公カフカくんが旅の途中何度も聴くレディオヘッドのアルバム「KID A」私もかなり孤独な時何回も聴いたので嬉しかった。でも今はあえてその前の「creep」が聴きたい気分。このライブ映像は何回見ても素晴らしいです。トム・ヨークさいこう。ジョニー・グリーンウッドのギターが今聴いても胸が締め付けられる。このサビの前のギターがあるから活きていてる歌詞がね…ほんといい。これがないとやっぱりちょっとオタクっぽすぎるというか精彩を欠きますね。そしてこのギター弟が真似してたなぁ、と懐かしく。今でもふいにどこかでかかると泣いてしまいそう。

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霧雨にけぶるにわとりと梅。