あしあとをよむ

植物、物語、音楽あたりが好きです。だらだらと更新中。

おちこんだりもしたけれどわたしは元気です。

糸井重里さんが「魔女の宅急便」の為に考えられた名コピー。

これって人間の元気ってことをとってもよく表していると思う。

冬に不調だった時期のことを思い出していた。思えばそれも悪くなかった。むしろ好調な時にはわからない気づきがあって1日1日を大切に過ごしていた。ふとした時にみるささやかな光景にいたく感動したり、身近な人の優しさが心にしみたり。

落ち込むことは当然でそれが生きているということ。ずっと元気な人って気持ち悪いし生き物って昨日と今日と明日では違う状態になってることが当たり前。命がないと言われているものさえ毎日一定ではない。紙や木は湿気を吸えば伸びるし、お湯の温度や淹れ方で紅茶の濃さも味も変わる。車だって日によってすごく変わる。(ちなみにうちの車は古いので毎日励ましながら乗っている。あと乗っている時に他の車を褒めたりは絶対しないようにしている。目に見えて調子が変わるので。)この世にあるすべてのものは変化して一定でないのが当たり前。不変だけが不変。

100パーセントの元気で生き続けることはできないけど50パーセントを切ることはない…元気ってそういう力加減、塩梅を身につけることだと思う。100か0かだと本人も周りもキツイ。50で止める事が出来ず、0またはマイナスまで行ってしまうと戻すのに相当なエネルギーがいる。逆を言えばしんどい時もぎりぎり50あたりをうろうろと保つことができれば…後がとても楽なことがわかりました。昔は100または0タイプだったし若さとは往々にしてそういう部分があると思う。それはそれで楽しいがそろそろ消耗するというのがわかってきた。激しい性格の人達に囲まれて育ってきたので自分もそうだと思い込んでいたがもとはかなりおっとりと、おおらかな性格だったのですね、自分。子どもの頃、空を見ているとあっという間に1日が終わってしまい叱られていたことを思い出した。今でも乗り物、移動が好きなのは思う存分風景を見ていられるから。

身体は、その時々のエネルギーの状態について、その強弱はもちろん、安定しているのか、はたまた不安定なのか、あるいは転換期なのか、喪失期なのか等々、さまざまな情報を語り続けています。"気持ちいい"という感覚を通じて聴こえてくる身体の声に、ぜひ耳を傾けてみてください。

本当のきもちよさは、しずかで手ごたえがないものです。淡々と何気なく過ごしているときの、ほとんど意識されないような身心の居心地のよさといったらいいでしょうか。大きな盛り上がりもなく、言葉なんか浮かんでこない状態ともいえそうです。それを味わうことで、はじめて身体の内側からわいてくる意欲や自信が感じられます。

「整体かれんだー」片山洋次郎 

調子が悪い時、50をなんとか切らない為にこの"気持ちいい"という感覚を大事にしていた気がする。寒いとき、お風呂の温度が気持ちいい、香りが気持ちいい、歯がきれいに磨けて気持ちいい、息を細く長く吐くと落ち着くなぁ…などなど。日常のルーティーンの中に探すのがいいと思う。身体の中の感覚がどう変わるのかをただ、味わう。

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どちらにしても元気ですから。