あしあとをよむ

あしあとをよんでおもいだす

思い出の中のエドを呼ぶ。

ことば、というものについて思いをめぐらせていて

一番最初に意味のあると思われることばを発したのはなんの言葉だったのだろう、と思った。そういえば昔母に聞いた事がある。わたしの場合は犬の名前だったと聞いた。近所の犬。ママでもマンマでもましてやパパでもなく。

うっすらと記憶がある。大きな白い身体、黒くてやさしい瞳。わたしがエド、と呼ぶとゆっくりと近づいてくる。柔らかい毛、温かい息遣い、香ばしいような匂い。たまにわたしのよだれを舐める。雑菌とかにうるさくない時代で、家で本当によかった。

私は長女で父方、母方の祖父母にとってもはじめての孫という事で大変可愛がられた記憶がある。しかもその時叔母や曽祖母も一緒に暮らしておりみんなで私の取り合いというか愛情は与えられて当たり前という環境だったようだ。近所の人や親戚も毎日のようにわたしを見に来た。もちろんみんなの愛は心地よい。ただ子供ながらにその視線に疲れてしまうことがあったのだと思う。

エドは違った。期待も要求もそして視線もなくただいつもゆったりとわたしといた。エドが吠えたりしたのを聞いたことはない。老犬特有のいや、とても賢い生物特有の落ち着きがあった。

いつも縁側で待っていると時間になると来て、時間になると帰ってしまうエドが恋しくてエドエドとよだれをたらしながら呼んでいたらしい。

それが一番最初に言った言葉だよ、と母が言っていた。

白い白い大きなかたまり、エド

やさしいその目はどこをみていたのだろう。

毎日近所の赤ちゃんに何を教えにきたの。

いつものようにエドは来ていた。

次の年、弟が産まれて私はその可愛さに夢中になった。始終そばにいてずっと顔を見ていた。誰もいない時にビスケットを口に入れたら食べたのがうれしくてどんどん入れていたら激しく泣き出した。喉につまらせて吐き出した。慌てて祖母が飛んで来て事なきを得たけれどよかれと思ってしたことが裏目に出て子ども心にたいそう傷ついた。バツがわるかった。しかし、弟は恨むでもなく怖がるでもなく、落ち着くとわたしの顔を見て面白そうに笑った。胸がきゅんとした。喜怒哀楽を激しく素直に表す小さな生き物。なんて愛おしいのだろう。そうしてだんだんと小さな守るべき生き物との接し方も学んできてその小さな生き物がわたしを姉と認識するようになってなんともいえない幸福感を感じていた。

エドはその間もずっと来ていたらしい。

わたしが縁側にいない時も。

エドが死んだと聞いた時、泣いた記憶がある。3才位だったと思う。死とゆうものもよくわからないまま。

そしていつか忘れた。

 

小学生になってスーパーで買い物をしている時、声をかけられた。

エドの飼い主のおばさんだった。

おばさんは涙ぐんでいた。わたしの手を握って

なっちゃん、久しぶりだね、大きくなったね、エドなっちゃんとお友達になれて本当によかったとおもう、と。

実際その時はエドのことはすっかり忘れていて、でもおばさんの感極まった様子にびっくりしてなんとなく、はい、わたしもです、とか言うのが精一杯だった。

 

最近、エドの事を思い出す。

ただ思い出す。

薄暗がりにぽうっと浮かぶ白く大きな光。

もう一度声を出して呼んでみる。エド

 

あんな風な高級な愛を

私が誰かにあげることができる日はくるのだろうか。