あしあとをよむ

あしあとをよんでおもいだす

サーカスナイト

11年前、昼間は会社員で夜はバーでバーテンダーの真似事のような事をしていた。

カクテルは趣味でしか作ったことがなかった。でも人気のピアニストが演奏する店でお客さんは殆どその人目当ての為、お酒は色付け程度でメニューも少なかったから気楽だった。会社の取引先の社長が経営していて向いていそうだからやってみないかと声をかけられた。私はそれほど呑めないのだが酒場の雰囲気は好きでそこにくる素が出つつある人間を観察するのが好きだった。ソフトなジャズバーだったので(ピアニストも女性だった)客層も品のある大人が多く、そういう人たちと害のないおかしな話をするのも好きだった。

私はホテルとかバーとか人が少しだけ留まってそして去っていく場所に昔から惹かれる。そういう場で裏方に徹して思い切り夢をみてもらいたいと思っていた。さっきまで知らなかった他人と一瞬親密な時間を過ごすことができてそしてもう会わないかもしれないし、また会うかもしれない。そういう感じが好きだった。まるで旅みたいでいい、と思っていた。

その時はとにかく予定を埋めていたくて会社が終わるとすぐにバーに向かった。水商売の裏方はとんでもなく非常識なずるいやつや騙されてばかりの鈍臭いやつもいたがもちろんものすごく切れるやつも人間的にすごい人もいた。でも皆どこか人間臭くて好きだった。その中で私はみごとに中途半端にふつうのやつだった。向いているところがあるとすればある部分が徹底的に冷めているところでみんなが酒を呑んで呑まれてアツくなればなるほど心は静かに平坦になってゆくことだった。酔っ払いを割と落ち着かせる事ができる。昔から酔っ払いに囲まれていたからかも知れない。

毎日ちょっとした事件がおこった。

ケンカやトラブル、クレームと帰らない客。

おもしろいと思ってはじめたが段々と新宿という街に膿んできた。毎日繰り返される酒場の喧騒に疲れてきた。本当の意味では向いていなかったんだと思う。

結局一年で辞めたけど仕事が始まる前や終わった後にくりかえし聴いていた曲があった。向井秀徳の「自問自答」。新宿にぴったりの曲だった。知り合いはたくさんいて忙しかったけど孤独だった。

恋人もいたけれど自分と同じでとてもさみしい人だった。さみしい人間が2人、もっとさみしくなるだけだ。自分はなぜ生きているのかわからなかったし別に死んでもいいと思ってただ生きていた。私は思考や感情や直感よりも感覚がかなり優先しているタイプで、感覚というやつは常に生きる力と直結していてただ生きる方向に向いているらしい。だから自分の性質として生物として自ら死を選べないことは知っていた。

 

「サーカスナイト」という曲を聴いてあの頃の事を思い出していた。そうだよ、まるでサーカスみたいだった。

そして知った。どんなにあの日々が切なかったか。どんなに自分がギリギリの綱渡りをしていたか。

いや、今でもきっと綱渡りなんだけど、かなしいほどの衝動は消えた。尖ってなくてもっとおおきなものに包まれたいし、包みたい。大切にしたい。

いまは生きてて良かったと思う。あの時に死んでたらあの世でも自問自答し続けなければなるまい。

 


七尾旅人 "サーカスナイト" (Official Music Video)

 

魔法はいつか解ける。

解けてからが本当の勝負だろ。 

ここは楽園じゃないけど描ける限りの美しい庭を作る。花が咲いて鳥たちがうたう。

そのために今、生きている。