あしあとをよむ

あしあとをよんでるがなんのためなのかな

文章の基礎体力を身につけるためのいろは講座

尹さんの文章講座に行って来ました。

 https://www.facebook.com/events/1873852246198835/permalink/

あんなに何度も読んでそして忘れてしまう不思議な本の著者から直接なにかを教われるなんてさ。しかも自分が大好きだった街で。

 

やわらかな言葉と体のレッスン

やわらかな言葉と体のレッスン

 

それで講座にきてる人たちも全員読んでる訳じゃん。

みんなめっちゃ濃い全然違う人種、普段なら絶対友達にならなそうな人たちなのに

なんか通じる気がしたし、

あー、おもしろかった!

ってこれ文章講座受けた人の文章なのか笑

 

というか、文章講座の形をとった己とはなにか講座でしょ。

私はそもそもあんな不思議な本書いた人がhow to 的な書き方講座とかやるわけないと思ってたし、ただ尹さんに会ってみたかった。

すごく心地のよい空間でした。

あわい

とか

主観の果ての客観

とか

あしあとをけす

とか(このブログあしあとをよむ変えなきゃ!笑)

キーワードになることば(自分にとってな)

は残ってるんだけど

講座内容自体はやっぱりぼんやりとしている。

しかし、それでいいんだという確信がある。

ご著書と同じです。

講座の前に

昔住んでたとこらの道、一歩一歩、歩くたび

なんか知らんぞわぞわ、する感覚、

涙と笑いがこみあげそうだった。

 

昔すごい好き同士がどうにもできない事情で離れなくちゃならなくてふとした偶然で再会しちゃったのってもしかしてこんな感じでは。でもお互い縛りがきついパートナーがいて、みたいな。歩くたび、妄想が止まらず。

でもやっぱり

愛した街はやさしかったし。

 

その後、名古屋に帰ってきてから、ちょうど時間がぴったりで

うつくしい、うつくしい

「海辺の生と死」を

観ちゃったもんだから、

震えちゃって、なんか。

そのミックスした感覚がいまは心地がよいのです。

ミックスってゆうかリミックス。

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映画館の近くにいたフクロウ

まったくまとまらないが、これからがたのしみである。