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寂しい生活

稲垣えみ子 「寂しい生活」読了。前作「魂の退社」で結構メディアに出られていたのでお顔は知っていた。50歳、夫なし、子なし、職なしがキャッチフレーズでそしてあのアフロ、やはりインパクトがあった。

ああ、あの人ね、と題名とかわいいイラストに惹かれブックカフェにて気楽に読んでいたら面白すぎて止まらず、購入に至った。

とてつもなく爽やかな本であった。ポップであった。魂があった。

本文の中「欲望をひねり出す時代」の「電通戦略十訓」というのがすごい。

もっと使わせろ
捨てさせろ
無駄使いさせろ
季節をわすれさせろ
贈り物をさせろ
組合わせで買わせろ
きっかけを投じろ
流行遅れにさせろ
気安く買わせろ
混乱をつくり出せ

1970年代まさに私が生まれた時代に作られた標語だそうだがもう心の底からぞぉーっとした。私たちの世代でこの呪縛にちょっとでもかかってない人っているの?私もこの標語通りに生きてきた時代も長かった。実家が商売をしていたということもあり良いことだと思っていた時さえあった。でもなんだろう、実家の倉庫の片付けをしていて使わないイスや事務用品みたいのが新品のままボロボロに崩れてゆくを見るあの感じ…。吐きそうになったのを覚えている。それにしてもすごい電通、冷徹にもほどがある。それがプロフェッショナルといわれていた時代なんだろうな…。一説によるとまだこの十訓は生きているらしい。
ではこれに対抗するには逆のことをしたらいいのかな。もっと使わせろ→大切に使え、 捨てさせろ→一生使える物を選べ、みたいに。では最後の混乱を作り出せ、は→混乱の中でも落ち着けよ、かな。
落ち着く、これはいちばん大事なことかも知れん。だってまず判断を誤るよね、落ち着かないと。高度成長期はとうの昔に終わったけれど私たちはまだ作られた混乱の中で欲望をひねり出されているから。SNSとかね。承認欲求とか。なんとなく落ち着かなくさせる。

私も著者と同じく元々冷暖房も苦手だし、薄暗いのが好きだし電気を無駄使いするタイプではない。しかしそんな著者が乾いた雑巾を絞るように元々少ない電気代を節約し始めるところからはじまる。可能なのか?そしてなんの為に?きっかけは311と書いてあったがその理由はこの本全体に貫かれている。誰かの欲望の中にいる自分。やはりこの本も自分を取り戻そうとする試みの本なのだ。

節電生活も進み掃除機、エアコンから始まって洗濯機!冷蔵庫!?まで処分してしまったという一見過激な自然派。冷蔵庫の代わりはベランダのザル!ここで干して保存。その日に食べれるだけ買うのが基本。でもこれが環境のために!とかでないところがいい。楽しんでやっているのがすごく伝わってくる。東京で電気を使わない暮らしを冒険といい、自分を勇者と奮い立たせるがもちろん悲壮感は微塵もない。面白いだけだ。無駄なことも沢山やっていて例えば暖をとるために実家から持ってきた一向に暖まらない火鉢とか(火鉢とはもともと空気を暖めないものだそうだ…。手をかざすとじんわりと暖かいが。)その火鉢の為に結構な値段で五徳とかクヌギの炭とか買ってるし。でも炭がちろちろ燃える様子に清少納言を感じ萌えたご様子。冬はつとめて。ここでポイントはもともと料理以外の家事が大嫌いだった著者が(私みたい…)家電を使わなくなってから家事が大好きになっていったこと。そして家電を使わないほうがずっと効率的に家事ができること。これってけっこうすごいことではないですか?そしてついに生物としての能力も取り戻しはじめるのだがここは是非本文を読んで頂きたい。

元々朝日新聞の名コラムニストだけあって文章が軽快でとにかくすいすいと読める。イラストも実にかわいい。

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はじめは著者のいうとおり電気がないことによる「冒険物語」にくすりとしたり、なるほどと思いながら読み進めていると最後の章「で、家電とはなんだったのか」ではなんだかお腹の底からぐわっとくるものがあってなみだがポロリ。あの畳み掛けにはやられた。

 

この本で、誰かに作られたぐずぐずの欲望とほんとうの欲望の違いがなんとなくだが見えてきた。

便利っていったいなんなんだろう。

もちろん全部は真似できないけれど、すごく刺激を受けた本だった。

幸せに必要なものって本当は多くない。

物も能力もたくさんのいいね!も。

寂しい生活 それは足るを知るということ、五感で生きていることを味わい尽くすということ。失ってゆくことを恐れないこと。

早速野菜を干してみた。 

寂しい生活

寂しい生活

 

舌にのせた。深くて甘い、あじがした。